第一話:最前列の君
1. 運命なんて信じていなかった
結菜は、いわゆる根っからのバンギャだった。
休日はライブ、給料はチケット代と遠征費とチェキに消える。
友達からは「またライブ?」と呆れられるけれど、ゆいなにとってライブハウスは何よりも大切な居場所だった。
そんな結菜には、ずっと追いかけているバンドマンがいる。
名前は、蓮。
ヴィジュアル系バンドのギタリスト。
長い黒髪に白い肌、切れ長の目。
ステージでは近寄りがたいほど美しく、普段は驚くほど口数が少ない。
結菜が蓮を好きになったのは、半年前のことだった。
初めて見たライブで、蓮のギターに心を奪われた。
それから毎月ライブに通い、最前列の下手側が結菜の定位置になった。
もちろん、蓮にとっては大勢いるファンの一人にすぎない。
そう思っていた。
2. 覚えてくれていた
「本日はありがとうございました!」
ライブが終わり、物販の列に並ぶゆいな。
今日は新しいワンピースを着てきた。
ピンクのレースに小さなリボン。お気に入りのヘッドドレスもつけている。
順番が近づくにつれて、心臓がうるさくなった。
「こんばんは」
蓮が顔を上げた。
「こんばんは!今日もかっこよかったです」
「ありがとう。今日もいたね」
「えっ?」
「最前の、いつもの子でしょ?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「覚えてくれてたんですか?」
「うん。いつもいるよね。覚えてるよ。」
蓮は何でもないことのように笑った。
その笑顔があまりにも自然で、ゆいなはまともに顔を見られなくなった。
たった一言。
それだけなのに、帰り道はずっと幸せだった。
3. 午前零時の通知
その日の夜。
お風呂から上がり、ベッドでSNSを眺めていた結菜のスマートフォンが震えた。
蓮のストーリーが更新されている。
ライブ後の楽屋。
ギターケースと、飲みかけのペットボトル。
何気なく見ていると、突然DMが届いた。
蓮:
「今日ありがとね」
結菜:
「こちらこそありがとうございました!」
蓮:
「新しい服?」
結菜:
「そうです!気づいてくれたんですか?」
蓮:
「いつもと雰囲気違ったから」
結菜はスマートフォンを枕に投げた。
嘘でしょ。
何度も画面を確認する。
これは夢なのだろうか。
少しして、また通知が届いた。
蓮:
「結菜ちゃんって呼んでいい?」
その文字を見た瞬間、顔が熱くなった。
結菜:
「もちろんです」
蓮:
「じゃあ、結菜ちゃん。またライブで」
たったそれだけのやり取り。
それなのに、眠れる気がしなかった。
4. 特別になりたい
それから、蓮とのDMは少しずつ増えていった。
音楽の話。
好きなバンドの話。
昔のヴィジュアル系の話。
結菜が90年代のバンドを好きだと知ると、蓮は意外そうに言った。
「最近の子でそこまで詳しいの珍しいね」
「音楽が好きなんです。見た目だけじゃなくて」
「それは嬉しいな」
蓮は自分の音楽をちゃんと聴いてくれる人が好きだった。
結菜は、そんな蓮のことをもっと知りたくなった。
けれど、ひとつだけ気になることがある。
蓮のSNSには、たくさんの女の子がいる。
可愛いと言われている女の子。
頻繁にライブへ通っている女の子。
蓮と仲が良さそうな女の子。
自分だけが特別だなんて思えない。
そんなある日、結菜が少し勇気を出して聞いた。
「蓮さんって、好きな女の子いるんですか?」
既読がつく。
返信はなかなか来ない。
やっぱり聞かなければよかった。
そう思った頃、ようやく通知が鳴った。
蓮:
「いるかもね」
結菜:
「えー、気になる!」
蓮:
「結菜ちゃんは?」
結菜:
「秘密です」
蓮:
「俺のことだったら面白いのに」
画面を見つめたまま、結菜は固まった。
冗談なのか、本気なのか。
バンドマンの言葉は、いつだって少しだけずるい。
そして翌週のライブ。
いつものように最前列に立った結菜を見つけたれんは、演奏が始まる直前、ほんの一瞬だけ口元を緩めた。
その瞬間、結菜は思った。
もう、ただのファンには戻れないかもしれない。
第二話「楽屋に呼ばれた夜」へ続く。




