チート無し転生村人A、剣と魔法の世界を終わらせる。
剣を握る手が震えている。
隣の少年は、笑いながら魔物を斬り伏せている。僕よりも年下で、僕と同じ訓練を受けてきたはずなのに。
ステータス画面を開く。僕の職業は村人A。能力値も低い。当然、魔法も使えない。
努力とは”自分の感情に勝つこと”だと、誰かが言った。転生前の僕は、この言葉が大好きだった。
嫌いな勉強も頑張った。嫌な仕事も引き受けた。それで勝てると思っていたから。
でも転生し、そんなの嘘だと思い知った。努力とは自分の感情に勝つことではない。
理不尽すぎる世界において、努力とは”強者の既得権を無効化すること”だ。
転生した僕には、チートスキルは与えられなかった。ガチで、村人Aだ。レベルが上がっても、僕の無双は始まらなかった。
剣と魔法の世界。要は暴力の世界だ。
暴力の才能に恵まれた者だけが、圧倒的に有利となる。自分の感情に勝っても、そうした才能のある者には勝てない。
剣と魔法に適正のない者はモブと呼ばれ、モブには名前さえ必要ない。
思い出せ。
元いた世界では、なぜ、個人的な暴力の才能は評価されなかったのか。
思い出すんだ。
なぜ、元の世界では、路地裏で襲われている美女を救出する機会などなかったのかを。
——ミリタリ知識をつけ、筋トレ頑張ったのに。
……。
銃、大砲、爆弾といった、誰でも扱える強力な武器の発達が、軍・警察権力を強める。火器による治安維持が、路地裏で助けを求める美女を減らす。
次に、魔物といった存在が、助けを求める美女を増やす。だから魔物を殲滅する必要がある。
そして経済だ。安定的な食料供給と豊かな生活は、暴力から牙を奪う。冒険者ギルドに登録するしかない美女の数を減らすのだ。
起点となるのは、火薬と蒸気機関、そして食料生産の生産性向上である。
火薬により治安維持を実現し、蒸気機関によって産業革命を起こす。
その過程では、なんとしても大規模な戦争を避ける必要がある。元いた世界の第一次世界大戦は、産業革命の帰結だったと先生が言ってた。
食料生産には、品種改良の概念を喧伝する。輸送は、発達させた蒸気機関で効率化する。
——僕は天才じゃない。
ただ、前の世界で陰キャの自分がモテる方法を徹底して考えただけだ。モテなかったけれど。
とにかく僕はまず、硝石(硝酸カリウム)を探した。
硝石は水に溶けやすく、肥料として重宝する。また食料の腐敗を防ぎ、保存性を高める効果もある。
転生した異世界では、肥料として、また腐敗防止剤として硝石が普通に売られていた。
食料事情が悪く、輸送手段も馬車が主流なのだから、自然とそうなる。
ただ異世界では、硝石には”他の物質を猛烈に燃えやすくする効果”があることが知られていなかった。
そう。硝石は火薬の原料なのである。
僕は安く仕入れた硝石を蒸留して結晶化させ、それに”火龍石”と名付けた。
完成した火龍石をみて、僕は久しぶりに笑った。反撃開始だ。
とはいえ火龍石は、火薬ではない。火薬の製造には、硝石のみならず木炭と硫黄が必要だ。
しかし、火薬を市場に出すにはまだ早い。
僕はこの火龍石の製造法を、サンプルと一緒に冒険者ギルドに”怪文書”として流した。『火属性魔法の効果を格段に高める魔石』として。
火属性魔法の”短い黄金時代”の幕開けだった。
安価に大量に簡単に製造できる火龍石は、剣と魔法の世界における軍事バランスを一変させる。
初級魔法のファイアボールが、最上級魔法のインフェルノに相当する威力を持った。
そして高ランクの火属性の魔法使いは”戦略級兵器”となった。火龍石の添加されたインフェルノは、もはや一撃で国を滅ぼせるのだから。
だからこそ、インフェルノは打てない。強すぎる力を用いた戦争は、お互いを滅ぼしてしまうからだ。
それはもう、核爆弾と同じだ。元いた世界の社会科で”相互確証破壊”として習ったやつ。
各国、魔王軍まで含めて、支配階級の多くが火属性の魔法使いによって占められた。そして剣士や、他属性の魔法使いの多くが職を失った。
僕は、火属性魔法に対する嫉妬を煽りに煽った。
それから僕は、満を持して、火薬の製造法と銃のコンセプトを世界中にばら撒いた。『魔力のない子どもでも使える強力な魔法具』として。
嫉妬の波に乗って、火薬はすぐに広がった。ドワーフは売れなくなった剣を打つことをやめ、銃の製造に勤しんだ。
火器の発達は、低ランク冒険者たちにとって”ゴールドラッシュ”になった。
高額の賞金がかけられた強力な魔物でも、簡単に倒せるのだ。われ先にと、低ランク冒険者たちが魔物に群がった。
そうしてこの異世界から、急速に魔物が減っていった。むしろ保護の対象として、各地で魔物動物園が開園したほどだ。
僕は、あるドワーフの工房で”火器設計の天才”として雇われていた。
十分な信頼を勝ち得てから、蒸気機関の概念をドワーフたちに伝えた。農作物の品種改良の具体的な方法は、ずっと前に拡散させておいた。
こうして、剣と魔法は詰んだ。
娯楽としての闘技場は残っている。また、戦略級兵器としての高位の火魔法使いは(まだ)必要だ。
それでも僕は、いま、ドワーフの工房で仲間たちと楽しく働いている。
名前のある、人間として。
いつか異世界に転生する君に伝えておきたい。
チートスキル無しで転生する場合の”保険”として、硝石には詳しくなっておけ、と。
さて。
いまの僕には、好きな人がいます。
仲間たちに背中を押してもらい、今日、僕はその子に”人生初の告白”をするらしいです。
現場からは以上になります。
ランクインしました。
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◼︎ 日間・異世界転生・短編 10 位(2025/12/31)
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本当に、ありがとうございます。
八海クエ
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