表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/12

第9話

「うるせぇ! 黙れ!」


金髪の戦士が剣先を女へ向けた。

「脚を折ったような役立たずを連れてりゃ、進みが遅くなるだけだ。生かしておく価値なんてねぇ。

それに、俺は殺してない。ただ後ろに置いてきただけだろ?」


「ここは魔物だらけよ! 脚が折れて、止血すらされていないのに……それって、殺したのと同じじゃない!」


女は悲鳴のように叫んだ。


「夫が一人死んだだけだろ」


金髪の戦士は苛立たしげに耳をかき、卑しい笑みを浮かべながら女へ近づく。

「代わりはいくらでもいるさ……へへ。なぁ、お嬢ちゃん。俺なんてどうだ?」


女は怯えながら後ずさり、逃げ場のない壁際へ追い詰められる。


「や……やめて……来ないで!」


「――ッ」


「――シュッ!」


刃が肉を貫く鈍い音と、空気を裂く鋭い音が、ほぼ同時に響いた。


「ドサッ」「ドサッ」


隊列の後方で、二人の転職者のHPバーが一瞬でゼロになり、そのまま地面に崩れ落ちた。


だが、人々の喧騒に紛れて、その物音に気づいた転職者は残り三人の中にいない。


気づいたのは、壁際へ追い詰められていた女だけだった。


「――しっ」


燈里が唇に指を当て、静かに合図する。

そのまま、別の転職者の背後へ回り込んだ。


残りは、戦士が二人、弓手が一人。


燈里の手には短剣。

暗殺者用の革手袋に包まれた長い指先は、まるで闇そのものの延長のように、ゆっくりと弓手の喉元へ迫る。


哀れな弓手は、自分がすでに闇に捕らえられていることに、まったく気づいていなかった。


一方、私はもう一人の戦士へ狙いを定める。


尾の先をわずかに伸ばし、トンネルの換気システムが矢に与える影響を測る。


魔力の矢――弦に掛ける。


3。


2。


1。


「――ッ」


「――シュッ!」


「なっ……!? 誰だ!!」


戦士の体が大きく揺れ、慌てて盾の裏へ身を隠しながら怒号を上げた。


――おかしい。

この戦士……どれほどレベルが高い?


急所に当てた。それなのに、即死していない。


……想定内だ。


「燈里! 投刃!」


「言われなくても」


燈里は盾戦士の側面に位置している。

追撃は可能。


生存を確認したその瞬間、燈里の手から短剣が放たれた。

クナイのように鋭く飛び、正確に戦士の喉元へ突き刺さる。


「く……そ……ネズミども……」


盾戦士は喉を押さえ、不本意そうに膝をついた。


――生命反応、完全に停止。


残りは一人。


「燈里先輩、危ない!」


千夏の叫びが響く。


「何者だ、俺たち『天堂』に刃向かうとは!! 雑魚が――死ね!!」


金髪の戦士が声に気づき、剣を振り上げて燈里へ斬りかかった。


「――シュッ!」


間一髪。


矢は燈里の耳元をかすめ、稲妻のように金髪戦士の両手を貫いた。

剣は宙を舞い、床へ弾き飛ばされる。


「ぎゃあああ!! 俺の手! 俺の手ぇぇ!!」


金髪の戦士は悲鳴を上げて地面へ転がった。


「動くな!」


怒りに駆られた女が飛びつき、落ちていた剣を拾い上げ、金髪の喉元へ突きつける。


憎悪に満ちたその視線に、金髪は喉を鳴らし、震える声で懇願した。


「ま、待ってくれ……! お嬢さん、落ち着け! 人を殺すのは犯罪だ……!」


「さっき言ってたのは誰よ!?

『もう法律なんて意味がない、転職者がルールだ! 死にたくなければ前で盾になれ!』

『あんたの夫は生きてても無価値だ』……言ったのは誰!? 誰なの!?」


女の手は激しく震え、剣はノコギリのように喉を擦り、血の筋を幾本も刻んでいく。


「や、やめて……殺さないで……俺が悪かった……!」


情勢は、一瞬で反転した。


先ほどまで自分たちを奴隷のように扱っていた転職者たちが全滅したと理解し、怒りを宿した民衆が立ち上がり、金髪の戦士を取り囲む。


「やめろ! 殺すな!!

俺は『天堂』の人間だぞ! 殺したら会長が黙ってない!!」


先ほどの仕打ちを思い出し、人々の足がすくむ。


そのとき――


燈里が、くすりと笑った。

まるで散歩でもするかのような、気楽な口調で言う。


「『天堂』の雑魚は、ゲームでも現実でも同じ。

来た分だけ、殺すだけよ。


それに、もう四人死んでる。

あんたを殺しても殺さなくても、結果は同じ。

**衡平こうへい**は、どうせあんたたち全員を許さない」


その言葉に、金髪の顔から血の気が引いた。


「ち、違う!! 違う!!

こいつの言うことを信じるな!!

**衡平こうへい**会長は話のわかる人だ!!

お前たちに転職者と戦える力なんてないだろ!?


全部あいつらがやったんだ! お前たちには関係ない!!


ほら、早く離せ!

あいつらは三人だけだ! 一緒に殺せばいい!!

俺が会長に頼んでやる! 『天堂』に入れてやる!!


はやく……!


はやく――


ぐっ……!」


「――ッ」


心臓の鼓動に合わせて、血が跳ねるように噴き上がり、女の全身を染め上げた。


迷う暇は、与えられなかった。


夫を失った女は、血に濡れたまま顔を上げ、目を閉じる。

まるで、静かな雨に身を委ねているかのように。


「……」


剣が手から滑り落ち、床に転がった。


だが、先ほどまで憤っていた人々は、静かに数歩後ずさる。


彼らは、女を――恐れていた。


「……あの金髪の言ってたこと、少しは正しいんじゃ……」


誰かが、小さく呟いた。


「人を殺したのは俺じゃない……関係ない!

俺は帰る! 娘が一人で家にいるんだ!

ありがとう、助けてくれて感謝する!

でも『天堂』が戻ってきたら終わりだ!

あいつらは数が多い! 逃げよう! 一緒に逃げよう!!」


「私も……死にたくない。

娘が家で待ってるの……。

三人とも、早く逃げて……!」


人々は、要町駅の方向へ散り始めた。


ためらいがちな足音は、やがて早足になり、最後には駆け足へ変わる。


――だが、一人だけ。


その場を動かない者がいた。


女は血の海の中に座り込み、虚ろな目で宙を見つめている。

思考する力すら、失ったように。


私は、少し考えてから口を開いた。


「……あなたの夫は、殺されたんじゃない。

置き去りにされた、そうですね?」


女は、機械のように頷いた。


「……」


置き去りにされたとはいえ、脚を折って、魔物の群れに飲み込まれれば、生存はほぼ絶望的だ。


「……どっちの方向?」


女は左手の床を指した。

そこには、引きずられたような血痕が残り、左の分岐路へ続いている。


この方向……?


――待て。


私は血痕を辿り、分岐の角まで進んだ。


血は、そこで途切れている。


私は顔を上げ、暗いトンネルの奥を見つめた。


「……置き去りにされたとき、

あなたの夫は……意識がありましたか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ