第84話
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星空の下、少年少女たちが焚き火を囲んで座っていた。
夏の夜の川辺。蛙のかすかな鳴き声と、焚き火の中ではぱちぱちと薪の爆ぜる音が重なる。子供たちの瞳には、星の光が映っていた。
「それで……そのあと、どうなったの?」
「その悪いラスボスをやっつけたあと、彼女はどこへ行ったの?」
「おうちに帰れたの?」
子供たちの問いかけを受けて、女はほんの少しだけ遠い目をした。
「そのあと、か……」
「由衣、もうすぐ着くよ」
不意に聞こえた声が、その小さな物語の時間を断ち切った。
女――由衣は、申し訳なさそうに子供たちへウインクする。
「どうやら、今日のお話会はここまでみたい」
「ええーっ!? ちょうど一番いいところだったのに!」
子供たちが一斉に抗議の声を上げる。
「大丈夫。だって、この先の物語は――もう私が話す必要なんてないの」
「えっ??」
「みんな、自分の目で見てちょうだい」
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ときどき、昔のことを思い出す。
そこには魔法なんてなかった。
ダンジョンもなかった。
剣聖もいなければ、エルフもいない。
冒険者も、プレイヤーもいなかった。
だけど。
そこには、最後まで過ごせなかった高校生活があった。
私が本来送るはずだった、平凡な人生があった。
「また後悔してるの?」
背後から、ひんやりとした声が降ってくる。
私はため息をつき、それからわざとらしく顔をしかめて振り向いた。そして、いかにも事務的で投げやりなNPC口調で言い放つ。
「尊き冒険者様、ABCDEFGクエストのクリア、おめでとうございまーす。報酬を受け取ったら、とっとと帰ってもう私に話しかけないでくださーい」
目の前にいるのは千夏と燈里。
ただし、SEEKER世界の住人たちと違って、二人の頭上には名前と称号が表示されている。
そう。SEEKERは再び、ただのありふれたオンラインゲームに戻ったのだ。だから、そこまで悪い話でもない。
毎日、仕事や学校が終わる時間になると、地球から大勢の“冒険者”たちがログインして、この世界へやって来る。
うん……やっぱり、自分の意思でログインしてこそゲームって楽しいんだよね。
「はいはい! もうハグモーション申請を送ってこないで! ポップアップで画面全部埋まってるんだけど! うっとうしい!」
私は千夏から飛んでくるハグ申請を一つずつ閉じていく。
ははは! この子、もう二度と私を窒息させられないね!
……でも、何かが少し足りない気もする。
「その杖しまって! まさかこのゲーム最強の【世界の主】に喧嘩売るつもり? んー?」
私は腰に手を当てる。
きっと向こうのモニターには、ずいぶん間抜けなドアップが映っていることだろう。
ただ、もしこのままもう一発でも攻撃されたら、ワールドボスの登場演出が始まってしまうかもしれない。
「そんなことしないよ。だって、そっち好感度MAXじゃん」
千夏が容赦なく暴露した。
「……」
くっそ! この好感度システム、本当に余計!!
「元気ないの?」
千夏は小さな椅子を二つ取り出して、私の隣に腰を下ろす。
それから、自分の横の椅子をぽんぽんと叩いた。
……仕方ない。
私も彼女の隣に座る。
そんなこと、一度も口にしたことはない。
なのに、この子たちには、まるで隠しきれない……
私は、たしかに少しホームシックになっていた。
しかも、時間が経つほど、その想いはどんどん強くなっている。
画面越しだと、どうしても何かが足りない。
二人のゲームキャラはいつも木偶みたいに無表情で、喋り方もどこかぎこちない。
向こうで日常の話をされても、私はそこにうまく入っていけない。
どれもこれも、あまりに遠い。
それに――
私はもう、二度と帰れないのだ。
「実はね。あの日、あなたがいなくなったあと、世界はまたたくさん変わったの」
千夏の声には、電子音めいた歪みが混じっている。頭上の吹き出しには、彼女の言葉が文字になって浮かんでいた。
「SEEKERは分離したけど、魔法の根本原理とか、まるで違う世界法則とか……そういうものが人類の視野をすごく広げたんだ」
「量子物理学もどんどん大きく進歩したし、魔法のおかげで人の暮らしもすごく変わったよ。いろんなことが、前よりずっと便利になったし……」
魔法のある地球。
想像するだけで、胸が高鳴る。
一度でいいから、見てみたかった。
「そんな話、私にしてどうするの」
私はむっとして顔を背ける。
「前にも聞いたし。それに……私は見られないんだから」
「それはどうかな~?」
「はいはい、分かってる。どうせまた画像でもアップロードする気でしょ」
「違うってば!」
千夏がぴょんと跳ねて、私の目の前へ回り込んだ。
そのまま身体で視界をふさぐ。
「? 何する気?」
「目を閉じて、心の中で三つ数えて」
「……もったいぶるなあ」
私はため息をつきながら、仕方なく目を閉じてやる。
三。
二。
一。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ――
突然、空の彼方から凄まじい轟音が響いてきた!
私はけだるげに目を開ける。
「また禁呪で花火でも打ち上げたの? あんた――」
そのまま、空を見上げたまま固まった。
あれは……
何……?!
ゴゴゴゴゴ――!
空を覆い尽くすほど巨大な鋼鉄の戦艦が、大気圏を引き裂きながら、SEEKER世界全体へ圧し掛かるように降下してきていた!
艦の外縁は空気との摩擦で真紅の炎をまとい、巨艦の影は王国の大半を飲み込んでいる。
真昼の青空が、その巨体に遮られた瞬間、一気に夜へと変わった。
空に残るのは、戦艦の動力炉が放つ蒼い輝きと、摩擦熱が生む烈火の光だけ。
各国からの通信は狂ったように鳴り響き、無数の王たちが状況確認のメッセージを飛ばしている。
まるで終末みたいな光景だった。
私は口をぽかんと開ける。
「宇宙戦艦!?」
「SEEKER、SFゲームになっちゃったの!?」
その瞬間、SEEKER世界の人々はみな一斉に空を見上げていた。
恐怖に染まった目で、その鋼鉄の空を見つめている。
まるで、かつてSEEKERが地球へ降臨した日のように。
そして私は今、その鋼鉄の空の真下にいる。
このときの気持ちは、もう言葉ではうまく言い表せない。
いや、作風変わりすぎでしょ!?
ツッコミを入れようにも、どこから突っ込めばいいのか分からない。
世界中が恐慌に包まれた、そのとき。
不意に、全員の目の前へシステムウィンドウが弾けるように表示された。
【警告!!!】
【……っていうのは嘘。騙された? ちょっとした仕返しだよ。だって昔、そっちも毎日システム通知で私たちを脅かしてたでしょ】
【みなさん安心してください。私たちは、実はもうずっと前に会っています】
【こちら、地球・深宇宙探査隊】
【艦長・燈里、副艦長・千夏よりご挨拶申し上げます】
私は愕然として振り返る。
そこで初めて、千夏の唇がかすかに動いていることに気づいた。
今の告知――千夏が出したの!?
ガコン――ウゥゥゥン――
空で、鋼鉄の巨獣のような艦の扉がゆっくりと開いていく。
次の瞬間、一本の光が私の前へ降り注いだ。
「はーっ、この便、マジで長旅だったわー」
白夜は着地するなり、これでもかというくらい大きく伸びをした。
「いやほんと、長かったよ……うちなんて息子と娘、もう四歳だし」
由衣と恒一の後ろには、二人の小さな子供が立っていた。きらきらした目で、ひょこっと顔を出しながら私を見ている。
そして――燈里と千夏。
「ぶふっ――」
って、この子……力、また強くなってない!?
人を抱きしめるのに粉砕骨折を目標設定しないでくれる!?
死ぬ!
ちょ、ほんとに……死ぬ――!
誰か助けて!
「まあ、要するに」
燈里が眉を軽く上げる。
「あなたが地球へ帰れないなら」
「私たちが地球ごと持ってくればいいって話よ」
「……」
千夏がさらにぎゅっと抱きしめる。
涙が私の肩を濡らしていく。
「連れて帰るって言ったでしょ! 絶対に約束は破らない!」
「ばか凪緒!」
「私たち――家を……」
「持ってきたよ!」
◇◇◇
(完)
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感謝ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
実は私、海外の作者でして、日本語がまだ得意ではありません。
そのため、毎回原稿を書き終えたあと、2〜3時間ほどかけて翻訳や調整をしてから投稿しています。更新が遅くなってしまうこともあり、その点については本当に申し訳なく思っています。
執筆を続ける中で、皆さまからたくさんのご指摘やご意見をいただき、日本語についても少しずつ学ばせていただきました。
たとえば、擬音語は「」の中に入れないほうがいいことや、キャラクター同士で名前を呼びすぎないほうが自然なこと、初登場のキャラには読み方を添えたほうがいいことなど……。
毎日のように新しい落とし穴に出会っては、慌てて前の話を修正する日々でした(笑)
コメントをいただけるのはとても嬉しいのですが、語気を間違えてしまうのが怖くて、顔文字でしか気持ちを表せなくて……。
日本語、本当に難しいですね……!
それでも、これからも日本語を勉強しながら、皆さまと一緒にこの世界で冒険を続けていけたら嬉しいです。
次も、引き続き甘めの百合ものになる予定です。
明日の同じくらいの時間に投稿できればと思っています。
最後になりますが、ここまで読んでくださり、そして拙い日本語にも温かく付き合ってくださった皆さまに、心から感謝いたします。
新人作家の狐白でした。
(実は自分でも日本語での正しい読み方がまだ分かっていません……笑)
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
٩(ˊᗜˋ*)و✧




