第81話
視覚反応では、到底間に合わない。
目を開けていても、もう意味はない。
ならば――
頼れるものは、ただ一つ。
記憶だ。
先読みするしかない。
◇
「避けた! また避けた! 完璧な回避だ! しかも回避の最中に攻撃まで差し込んでいる!」
「記憶なのか? 前世の経験から来るものなのか?! なんという美しいステップだ! なんという見ていて心地よい戦い方なんだ!」
「石像のHPが三〇%も削られている! 信じられない……即死ギミックの中で強引に火力を叩き込んでいるぞ!」
「一歩でも踏み間違えれば即終了だ! これほどの精神的重圧の中で、ここまで美しい操作を見せるとは――なんという勇気だ!」
白夜は興奮のあまり、目にうっすらと涙まで浮かべていた。
先ほど見せられた残酷な未来を思い出しながら、誰もが想像できずにいた。
今この瞬間、あのレーザーの雨の中に立っている少女が、どれほどの精神的重圧を背負っているのかを。
彼女は本来、ただの平凡な思春期の少女だ。
夏の午後、木陰に寝転び、蝉の声を聞きながら、恋や勉強のことで悩んでいるはずの年頃だった。
それなのに――
今、世界のすべての重みが、たった一人の肩にのしかかっている。
命を賭けた戦いだ。失敗は許されない。
一歩でも誤れば、粉々に砕け散る。
「レーザーの威力が落ちてきた……! 耐えろ! 小狐ちゃん、耐えるんだ!!」
白夜は拳を固く握りしめた。
誰もが息を呑み、喉元までせり上がった心臓を押さえるようにして、ただその小さな背中を見つめている。
ドン――!
レーザーギミックが終わるより先に、神像のHPが六〇%を下回った。
爆裂音とともに、神像の巨体が大きく後ろへ仰け反る。
空を埋め尽くしていたレーザーが、突如としてすべて消えた。
世界が、しんと静まり返る。
【下等生物ども――】
【貴様――やる気か……?!】
最後の矢が胸元で爆ぜた瞬間。
災厄の源――その本当の姿が、ついに露わになった。
神像の胸の奥。
そこには、漆黒の心臓が激しく脈打っていた。
不吉な災厄の気配が、神像の外殻の崩壊とともに、狂ったように噴き出してくる。
私はその心臓を見つめながら、激しい運動で乱れた呼吸を整えた。
「久しぶりだな。」
二つの世界が融合した原因。
あの黒い心臓がどこから来たのか――誰も知らない。
だが、それを砕けば、すべては終わる。
「燈里。」
「分かってる。」
災厄の気配が、黒い雪のように大地へ降り注ぐ。
一片一片が、災厄の魔物へと凝縮していく。
だが、その黒い雪の中を、災厄よりもなお冷たい影が駆け抜けた。
閃く刃のたびに、一体の災厄魔物が跡形もなく砕け散る。
私は再び視線を上げ、もう地上の魔物を見ることはなかった。
あのバカ。
私の背中は……任せたぞ。
災厄の源。
この黒いクソの塊め。
万死に――
値する!
「諸星よ、この地を見届けろ。」
私は世界樹の弓を、地面へと叩きつけた。
「新しい世界を――」
「展開!」
◇
「災厄の源が第二フェーズに入った! あの黒い心臓が露出している……あれが本体なのか?!」
「小狐ちゃん、あれは……あの日、燼天に使ったスキルだ!」
「でもあのスキルを使ったら、戦闘不能になるんじゃなかったのか?」
「ここで決着をつける気か? さすがに早すぎないか……?」
白夜は緊張した面持ちで眉をひそめた。
視聴者たちの緊張も極限まで高まっていた。
決戦の瞬間が、想像よりもはるかに早く訪れてしまったからだ。
最終決戦なのだから、本来はもっと大規模な駆け引きや、複雑なギミックが続くものだと思われていた。
記録映像でもそうだった。
第二フェーズの後には第三フェーズ。
第三フェーズの後には第四フェーズ。
特定のギミックを処理できなければ戦闘が膠着し、戦いは何日も続く可能性すらあった。
だが今――
相手はまだ、心臓を露出させたばかりだ。
「私に何をすればいい?」
パーティーチャンネルに、燈里の声が響いた。
戦闘の流れが前世と違うことに、彼女もすぐ気づいていた。
それでも疑うことはない。
ただ次の指示を待っている。
次の瞬間。
諸星の力が降臨した。
天から、目に見えない威圧が降り注ぐ。
私は弓弦を引き絞り、静かに口を開いた。
「生き延びろ。そして――
私を信じろ。」




