第74話
燼天のブレスが、地上から天へと噴き上がる。
それはまるで――激怒した火山。
惑星そのものの怒りをぶつけられているかのようだった。
あらゆる生命を灰へと変える灼熱が、正面から押し寄せてくる!
◇
「……あれは」
黒樹迷界の外。
集まっていた攻略者たちが一斉に足を止め、空を見上げた。
恐怖に目を見開きながら、その光景を見つめる。
「これが……燼天の力なのか?!」
冗談だろ!?
こんな力、何人突っ込んでも灰になるだけじゃないか!
俺たちは――一体、何と戦おうとしてるんだ!?
もしもう少し早く来ていたら。
あの竜のブレスは、今頃自分たちの頭上に降り注いでいたかもしれない。
そう思った瞬間――
冒険者の半数が、思わず後ずさった。
「……それより」
「いったい誰が燼天と戦ってるんだ!? あんな化け物と……!」
そのとき。
空が、ふいに暗くなった。
星々の光が天から降り注ぎ、やがてそれは――
星光で編まれた巨大な樹へと収束していく。
参天に届くほどの星樹。
そしてその梢には、いつの間にか一つの影が立っていた。
肉眼ではほとんど見えないほどの存在。
だがその影は、静かに弓を引いている。
無数の星の光を束ねて作られた巨大な弦を。
まるで――
天地そのものを弓として引き絞るかのように。
満天の星々が、そのまま矢となって燼天を狙う。
無数の光の糸が、ただ一点へと収束する。
ジィィ――ッ!
弦が、放たれた。
◇
一粒の星が、地上へと落ちてくる。
淡い星光が、燼天の吐き出す灼熱へと突き進む。
瞬間。
その光は烈火に飲み込まれた。
だが――
燼天の表情に勝利の色はない。
それどころか。
竜だけが理解していた。
自分のブレスを貫きながら。
圧倒的な存在感を放つ何かが、確実にこちらへ迫っていることを。
どれだけ火力を上げても。
それは、ほんのわずかも止まらない。
「……ありえん」
「吼ォォォォ――!!」
「消えろォォォォ!!」
炎が空を真紅に染め上げる。
燼天は喉の奥から火炎を吐き続けた。
まるで世界そのものを焼き尽くそうとするかのように!
その光景は百里の彼方からでも見えた。
天を貫く竜のブレス。
燃え上がる空は、まるで巨大な穴が開いたかのようだった。
――だが。
次の瞬間。
ほんの一瞬で。
すべての炎が、ぴたりと止まった。
「……汝」
燼天は口を開けたまま。
竜息は完全に消えている。
呆然と、空を見上げた。
「……まさか……」
小さな孔。
それが燼天の上顎から後頭部まで、一直線に貫いていた。
そこに血はない。
あるのは――
宇宙のような虚無だけ。
「……時……」
「……」
轟音。
燼天の巨大な身体が地面へと崩れ落ちた。
やがてその竜体は光へと変わり、富士山の深部へと吸い込まれていく。
震えていた大地も。
荒れ狂っていた溶岩も。
すべてが一瞬で静まり返った。
残ったのは、風の音だけ。
《世界公告:……燼天討伐成功……初回討伐報酬……》
私は無造作に通知ウィンドウを閉じる。
燼天のドロップした宝箱を、そのままアイテム欄へ収納した。
この一年で、私はあまりにも多くのボスを倒してきた。
燼天は――ただ、少し強かっただけの敵。
討伐成功そのものに、もはや喜びはない。
ただ。
目標に、また一歩近づいただけ。
私は周囲を見渡す。
暗闇の中。
いくつもの目が、ぎらりと光った。
貪欲な視線。
さっきの血族の刺客も、その中にいる。
動かないのは、躊躇しているからじゃない。
燼天を瞬殺したあの威圧。
それに完全に怯えきっているのだ。
私は必死に表情を押し殺す。
体内の毒。
MPの枯渇。
すべての疲労を、魂の奥へ押し込める。
「……消えろ」
絶対に。
弱った姿を見せてはいけない。
森で弱みを見せた獣は――
すぐに食い殺される。
「……お前」
私は血族の刺客を指さす。
「来い」
「わ、私……ですか?」
彼女は泣き出しそうな顔をしていた。
「ご、ごめんなさい! 本当にごめんなさい! もう二度としません! 暗殺なんてしません!」
必死に謝り続ける。
完全に怯えきっていた。
脚は震え。
その場に崩れ落ちている。
逃げることすらできない。
「殺さない」
私は彼女の前に立つ。
「ただし――これを飲め」
手首を切り裂く。
血が、泉のように溢れ出した。
私は杯にそれを受ける。
満ちた血を、彼女の口元へ差し出す。
「飲め」
「……」
理由は分からない。
それでも彼女は、震えながら一気に飲み干した。
私は天秤の瞳で状態を確認する。
異常なし。
むしろ――
《満腹》バフ。
HPが継続回復している。
「……暗夜血族」
「本当に吸血制限はないの?」
「ありません! 本当にありません! もし嘘だったら雷に打たれて死んでもいいです!」
――轟!!
次の瞬間。
天から雷が落ちた。
血族の刺客は一瞬で灰となる。
私はゆっくり顔を上げた。
雷が落ちてきた空を見つめる。
そこに立っていたのは。
人喰燈里。




