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神器も世界樹も神獣卵も買った。あとはゲームが現実になるのを待つだけ  作者: 狐白
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第72話

 法杖が耳元を唸りながら掠め、大量の樹木をなぎ倒していく。


 舞い上がる煙塵と砕けた木片が、私の視界と足を容赦なく妨げた。


 千夏の成長は目覚ましい。けれど――この一年、私だって立ち止まっていたわけじゃない。


 神器の靴を装備する。


 風神の加護が発動し、私はそのまま風を踏みしめて疾走した。


 千夏との距離が、少しずつ、しかし確実に開いていく。


「止まりなさい! よくも私のメッセージを無視してくれたわね……だったら逃げないで正面から来なさいよ!」


 千夏の怒鳴り声が、次第に遠ざかっていく。


「逃げるな! このクソ狐! 別に食べたりしないんだから!」


「止まりなさい!!」


「……凪緒!」


「お願いだから……」


「もう、私を一人にしないで」


 風に乗って届くその声は、かすかに震えていた。


 泣きそうな色を帯びて。


 胸の奥が、じわりと痛む。


「ごめんね、千夏……」


 分かっている。


 私は、あなたを信じてもいいのかもしれない。


 分かっている。


 けれど――


 もうすぐ、すべてが終わる。


 災厄の源さえ倒せば、世界は元に戻る。


 私たちはまた学校へ通い、失われた地球の時間を取り戻せる。


 あと一歩なんだ。


 この最後の局面で、私は賭けに出られない。


 もう誰かを信じるという賭けには、出られない。


 一人で攻略を完遂できるなら、信じる必要もないし、信じるべきでもない。


 そうすれば暗殺者に弱点を握られることもない。


 あなたたちを、人質に取られることもない。


 ごめん……


 本当に、ごめん。


 全部が終わったら、必ず償うから。


 今度からスイーツは全部、私のおごりで。


 だから――


 今回は……


 さよなら。


 ――咆哮。


 突如、富士山の方角から轟音と爆炎が噴き上がり、空一面が真紅に染まった。


 魔竜・燼天――封印突破。


 次の瞬間、まるでシャンパンの栓が弾けるように、溶岩という名の“泡”が天へと狂ったように噴き上がる。


 猩紅の火雲が数秒で空を覆い尽くし、灼熱の火山灰と溶岩塊が豪雨のように大地へ降り注いだ。


 黒樹迷界は、一瞬で火の海へと変貌する。


「まずい……千夏がまだ中に」


 炎の拡大が速すぎる。


 考える暇もなく、私は反射的に黒樹迷界へと駆け戻った。


「付与――極寒!」


 氷の矢で進路を切り開き、元のルートを全力で疾走する。


「千夏……!」


 久しく叫んでいなかった喉は、煙と熱気でひどく荒れている。


 唾を飲み込み、無理やり声を張り上げる。


「……どこにいるの!?」


「バカ――」


「千――」


 ――パキッ。


 すぐ背後で枝が踏み折られる音。


 周囲は轟音に包まれているのに、その音だけが異様にはっきりと耳に届いた。


「千夏?」


 違う。


 とっさに身を翻すが、左肩に鋭い衝撃。


 血が噴き出す。


 この隠蔽能力――燈里?!


 いや……違う。別の暗夜血族。


 燈里が言っていた、暗殺小隊か!


「くっ……」


 短剣には毒。


 傷口がじわりと痺れる。能力低下系か。


 だが、私の毒耐性は高い。Lv90以上のボス級毒素でなければ致命傷にはならないし、完全発症もしない。


「消えなさい。あなたに割く時間はない」


 天秤の瞳、起動。


 暗夜血族の完全不可視は視認できないが、炎の中にわずかに歪んだ不自然な空間を捉える。


「付与――爆破」


 轟音。


 矢が空間ごと撃ち抜く。


 炸裂と同時に、一人の影が強制的に姿を現し、吹き飛ばされた。


「どうして……見えるの?」


「さすが世界を敵に回した女ね。やっぱり簡単には殺せないか」


 空中で体勢を崩した血族刺客のHPは瀕死。


 だが表情に浮かぶのは恐怖ではなく、軽い驚愕だけ。


 唇が動く。


 声は出ない。


 ……パーティーボイスか。


 仲間がいる。


「痛っ、痛い痛い痛い! でも誘導成功! あいつを連れてきた……早く助けて!」


 次の瞬間、空から炎を纏った男が墜落する。


 全身火だるま、瀕死の状態で私の目の前に叩きつけられた。


 そしてその背後から、さらに巨大な風圧。


 怒りを孕んだ咆哮が空気を震わせる。


 魔竜――燼天。


 こいつら……魔竜を黒樹迷界へ誘導したのか!?


「はいはい、今助けるよ」


 瀕死の血族刺客は地面の男を掴み上げる。


「ありが……と……?」


 言葉が終わる前に、二本の牙が男の頸動脈へ深く突き刺さった。


 血が吸われる。


 男の肌が急速に白くなっていく。


 同時に血族のHPは一瞬で全快。


 干からびた男の身体は、まるでゴミのように魔竜の足元へ放り投げられる。


 燼天の吐息がそれを焼き尽くし、灰へと変えた。


 私は、その光景に凍りつく。


「……どうして」


「は? 何がどうして? 使えないゴミを捨てただけでしょ」


「違う……暗夜血族は、一人の血しか吸えないはず。あの人が死んだら……あなたはどうするの?」


「一人しか吸えないって?」


 刺客は一瞬きょとんとし、そして腹を抱えて笑い出す。


「そんな設定、どこにあるのよ!」

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