第71話
バレた!
まさかアルセイン地区に戻って最初に遭遇するトラブルが、千夏だなんて。
こいつ……
めちゃくちゃ成長してるじゃん!
「制限陣、展開! くそっ……速すぎる!」
攻略歴十一年のベテランとして、転送が完了した瞬間には、〈余火〉の陣式配置をすでに見切っていた。
最短ルートで封鎖圏外へ離脱。
ふふん、小千夏。ずいぶん強くなったけど、私の前じゃまだまだ甘い――
「ゴンッ!」
「いったたたたたた――!」
後頭部に凄まじい衝撃が直撃し、視界がぐらりと揺れる。
ちょ、いつから法杖を投擲武器にしたの!?
筋力型メイジよりタチ悪くなってない!?
法杖ってブーメランだったっけ!?
「もう逃がさない! この……止まりなさい!!」
背後から千夏の怒声。
地面を踏み込んだ瞬間、雷鳴のような衝撃音が響く。
ぞわり、と背筋が粟立った。
「あなたなんでしょう? ……凪緒?」
「……」
「なんで逃げるの! どうして私から逃げるのよ!」
私は無言のまま、黒樹迷界へと飛び込む。
だが、それでも追跡の足音は止まらない。
……この変態メイジ、ステータスをほぼ速度と筋力に全振りしてるのか? 習得スキルも機動特化。
本来の火系魔法すら、爆発を起こして衝撃波で自分を加速させるために使っている。
振り切れない……!
「逃げ切れると思ってるの?! この一年、私は速度を上げるためだけに修行してきたのよ……今日のために!」
振り返る。
距離は広がるどころか……縮んでる!?
冗談でしょ!?
私はLv93。この一年でほぼすべてのボスを初回討伐し、自由ステータスポイントは1655。
敏捷値だけなら、どう考えても私が圧倒的に上のはず!
神器はまだ使っていない。それでも理屈の上では、私が上回っているはずなのに。
なのに――おかしい!
まさか……独自の修行流派でも編み出したっていうの!?
「ヒュッ――」
背後から鋭い風切り音。
回転する法杖が、推進力を帯びた炎の竜巻となって、一直線に突っ込んでくる!
見たことのない攻撃パターンに、一瞬、対応が遅れた。
強烈な吸引力が、私を竜巻の中心へと引きずり込もうとする!
「この森……燃やす気?」
信じられない思いで振り返り、千夏と視線がぶつかる。
「周辺住民は全員避難済みよ! どうせ魔竜・燼天が焼き払う森だもの。あなたを連れ戻せるなら、代償なんて考えない!」
「……」
仕方ない。
私は長弓を具現化し、魔力の矢で炎の竜巻を爆散させた。
その瞬間――
完全に、正体が露呈する。
あの弓を見た瞬間。
千夏の頬を、二筋の涙が一気に伝い落ちた。
「やっぱり……あなただったのね……この……このバカ!!」
「私が……私がどれだけ探したと思ってるの!? 一年よ……丸一年! この大バカ!!」
「……」
ごめん。
私は再び距離を取り、森の奥へと駆け出す。
だが足音は、また追いついてくる。
「……追わないで」
神器を取り出し、靴を換装しながら、かすれた声で警告する。
「やれるものならやってみなさい! 絶対に逃がさない!」
千夏は法杖を強く握り締める。
一年間、無視され続けた怒りが、ついに爆発した。
「……」
私はフレンドリストをちらりと見る。
既読のまま積み重なった、数千件のメッセージ。
『……凪緒、どこにいるの? 今夜一緒にお祝いするって約束したよね?』
『……怖がらせないでよ、このバカ。なんで一晩中返信くれないの?』
『どこに行ったの? みんな心配してる。お願い、早く返事して……』
『もし誰かに捕まってるなら、句点ひとつでいいから送って。今、世界中であなたを探してる』
『絶対助けるから! 何があったのか分からないけど……怖がらないで! 今度は私が、あなたを救う番なんだから!』
『最近、ネットでひどいこと言う人がいるけど、気にしないで。私も余火も夜明のみんなも、ずっとあなたを信じてる。ちゃんと反論してるから』
『……あのボス、本当に倒したの? 無事でよかった。でも……どうして返事くれないの?』
『凪緒……』
『凪緒……』
『お願いだから、返事してよ……私たち、友達でしょ?』
『小学生の頃から、ずっと一番の親友だったよね……どんなことだって話せる関係だったはずでしょ? なんで一人で抱え込むの?』
『私は信じてる。あなたが人類を裏切るなんて、絶対にない。私の凪緒ちゃんだもん……お願い、返事して』
『凪緒……』
『……このバカ!!』
『……絶対に連れ戻すから!! 絶対に!!』




