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神器も世界樹も神獣卵も買った。あとはゲームが現実になるのを待つだけ  作者: 狐白
2.

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第66話

 天より降り注いだ火球の雨が、〈天堂〉の船団をすべて飲み込んだ。

 一隻も、例外なく。


 私は呆然と、その光景を見つめていた。


 ……こんなに、大勢。


 あの人たちは……助けに来てくれたの?


「おい! 子狐、受け取れ!」


 受け取る? 何を?

 そう思った次の瞬間には、次から次へと道具箱が船内へと放り込まれていた。


「そ、そんな……だって、あなたたちは……どうするの?」


 思わず口を開いたまま、私は櫂を握ることすら忘れていた。


 どうして……?


「遠慮すんなって! 俺たちは同じ世界を攻略する仲間だろ! ははっ――お前がいなかったら、俺はいまだにおねしょして泣いてるガキのままだったぜ!」


 〈夜明〉の副会長が豪快に笑い、親指を立てる。


「お前らは思いきり突っ走れ! 護衛は俺たちに任せろ!」


「優勝の瞬間だけが大会の楽しみじゃねぇ! 〈天堂〉をぶん殴れたら、それで十分だ!」


「行けぇ!」


「あいつらに、みんなの力を思い知らせてやれ!」


「突撃だ――!!」


 再び、加速の光が船体を包み込む。


 そして、無敵の鼓動と展開された障壁。


 船内に山積みになった道具の加護を受け、もはや私たちを止められるものは何もなかった。


 衡平が、怒りと焦燥を滲ませながら私たちの船を睨む。


「間に合わない! 今すぐ加速しろ!」


「ですが、終点まで持つだけの道具が……」


「時間がない! 向こうも十分とは限らん……賭けだ! 加速! 突っ込め!」


 私たちが衡平の船まで残り十メートルに迫った瞬間、相手も加速道具を使用した。


 距離はぴたりと十メートルで固定され、それ以上縮まらない。


「櫂は止めて、燈里。私と一緒に加速道具を探す。途切れさせないで!」


「うん」


 私たちは素早く船内の道具を整理する。


 この瞬間、勝敗を決めるのは、もはや漕ぎ手の腕力ではない。


 ――人心だ。


「千夏、太鼓は止めないで。お願い」


「任せて!」


 ドンドンドンドンドンドン――


 まるで世界に残ったのが二隻だけであるかのように、鼓の音が鳴り響く。


 衡平の船と、私たち。


「次の加速、準備! カウント……!」


「繋がった!」


「防護を補充!」


 衡平の船も、加速を維持している。


 極限加速状態では、人力で速度を変えることはできない。

 距離は、変わらない。


 時間だけが、刻一刻と削られていく。


 終点まで、残り三キロ。


「引き離したか?」衡平は振り向かない。


「いえ、会長。ぴったり追っています」


「無駄だ……軟弱者どもが」


「会長、加速道具はあと二つです」


「……向こうも多くはない。加速終了後の慣性で押し切れる」


 衡平は奥歯を噛み締める。


 終点の海神像が、視界の中で大きくなる。


 あそこへ辿り着けば。


 あそこへ、さえ。


 報酬など、もうどうでもいい。

 ただ――勝たねばならないと、衡平は理由もなく思い込んでいた。


 この船戦、絶対に負けられない。


「残り二キロ! 加速を維持しろ!」


「リーダー、防護はもうありません! 加速も残り一つ!」


「足りる。向こうも底だ。耐えろ……!」


 1500メートル。


 1000メートル。


 800メートル。


 500メートル。


 300メートル――


 ついに衡平の船を包んでいた光が薄れ、加速の翼が完全に剥がれ落ちる。


「耐えろ! 慣性だけで十分だ! 全力で漕げ! 全力だ!!」


 私は、衡平の船尾を見据える。


「終点を見る資格のない人もいる。


 たとえ二位でも……


 相応しくない。


 燈里、加速と無敵。船尾を狙って!」


「了解」


 最後の二つの道具が繋がる。

 龍の咆哮が空を裂き、鼓動が轟きながら私たちは急接近する。


 衡平は振り返らない。

 だが本能が、背筋を凍らせていた。


「なぜだ!?


 ノアが方舟に乗るなら、船下の者は犠牲になるのが必然だ! なぜ……なぜ愚民どもは理解しない!?


 烏合の衆だ! ただの烏合の衆だ! 愚か者め!!」


 ドン――ガキッ!


 凄まじい衝撃が、衡平の船体に叩き込まれる。


 障壁を失った船は、無慈悲な追突によって空中へと跳ね上げられ、真っ二つに裂けた。


 圧倒的な衝撃に飲み込まれ、彼らは容赦なく粉砕され、脱落する。


 もはや、誰も私たちを止められない。


「――優勝決定!!!」


「――電球ギルドの陰謀を再び打ち砕いた! クレイジーフォックス隊、ゴールイン!!」


「私たちは……優勝だ!!!」


 実況の絶叫と共に、夜空に花火が咲き乱れる。


 海の中央に立つ私たちの姿が、眩しく照らし出される。


 海神像の前に立ちながら、私は力を使い果たしたわけでもないのに、ひどく脱力していた。


 時間をかけて、聖火の大太鼓を像の前へ運び、台座へ据える。


 太鼓を打つと、黄金の波紋が像から広がった。


 聖火の波紋は海龍湾を渡り、王都を越え、すべての人々の身体を撫でていく。


「勝った……」


 本当に、勝った。


 しかも、自分ひとりの力ではない。


 私は思いもしなかった。

 こんな勝ち方があるなんて。


 戦いは、必ずしも一人で背負うものじゃないのだと。


 ……そうだったんだ。


 私は間抜けな笑みを浮かべ、ふらりと身体が揺れる。


 酒を飲んだわけでもないのに、思考が溶けていく。


 喧騒でも、疲労でもない。

 ただ――どうしていいかわからなかった。


 目の前のすべてが、どこか現実味を欠いている。


 これが……本当に……SEEKER?


 考えたくない。


 真偽も未来も、どうでもいい。


 今はただ、ここに立ち、手を振ってくれる仲間たちを見つめていたい。


 花火が夜空を染め、炎の光が私たちの顔を照らす。


 海神の像が、ゆっくりと海中から浮かび上がる。


 その真なる姿が、いま顕現しようとしていた。


 老いた大祭司が宙を舞い、私たちの前へ降り立つ。


「尊き勇者よ! どうか共に、海神様の御尊顔を拝謁せよ!」


「海神様! 第十六代祭司の名において願い奉る! どうか現世にご降臨を!」


「どうか……


 顕現を!!」


 蒼い光が像から天へと迸る。


 それは、私たちが用いた加速の光と同じ色だった。


 よく見れば、像もまた細身の巨龍の姿をしている。

 流線型の、美しい輪郭。


 光は海龍湾の中心へと注がれる。


 その中心で、海面が沸騰するように泡立ち始めた。


 白い泡が、数分にわたり止まることなく噴き上がる。


 誰もが息を呑み、その瞬間を見守っていた。


 泡は、なおも増え続ける。


 そのとき――


 水面に、ひとつの猩紅の泡が弾けた。


 続いて、赤い泡が次々と浮かび上がる。


 裂けた鮮紅は、まるで海の動脈を断ち切ったかのよう。


 赤は広がり――


 やがて、海龍湾全体を染め上げた。


「大祭司……?」千夏が震える声で問う。「これ……正常、ですよね?」


「大祭司?」


「……大祭司? 大丈夫ですか?」


 返事はない。


 私たちは振り返る。


 そこで、ようやく気づいた。


 大祭司は、すでに息絶えていた。


 氷のような恐怖が、蛇のごとく全身に絡みつく。


 ゴゴゴゴ――


 海の底から、骨が擦れるような不気味な唸り声が響く。


「……樹……」


 ザバァァァッ――!


 次の瞬間、腐敗した巨大な翼が海面を突き破った。


 翼を広げただけで、海龍湾の半分を覆うほどの巨体。


 十数キロにも及ぶ翼が、海上の選手たちと、岸辺の観衆へ向けて振り下ろされる。


 誰もが、思考を失った。


 逃げ場など――


 どこにも、なかった。

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