第61話
視線が交差する。
雲海の上。風は低く唸りをあげている。
六十を超える禿頭が、陽光を反射して眩しく光った。
私はゆっくりと弓を構える。
……どうやら今日の第一陣の飛魚は、陸棲種らしい。
呼吸が静まる。
風速、弾道、着弾点――すべてが数値へと分解されていく。
「敵は三名。周囲に遮蔽物なし。遠距離職……一斉射撃!」
衡平の号令と同時に、弾幕が空を覆い尽くし、私たちへと降り注いだ。
判断自体は正しい。空中戦場は一枚板のような平面のみ。中央に遮蔽物はなく、引き撃ちの余地もない。人数差はそのまま圧殺的優位になる。
――けれど。
「攻撃、ありがとね〜」
私は空へ跳ね上がる。
弾幕は角度を上げ、追尾するように追いかけてきた。
空には無数の飛魚。
裾を翻しながら、私は一匹、また一匹と踏み替え、舞うように跳躍する。
飛魚の群れを縫って走る。
――最高の遮蔽物だ。
弾幕に巻き込まれた飛魚がHPを削り切られ、ぱちぱちと音を立てて地上へ落ちていく。
「わははっ、儲かる儲かる〜! ハゲのお兄さんたち、もっと頑張って〜!」
千夏は自動回収をオンにして地面を全力疾走。
少し離れた場所で燈里が無表情のまま親指を立てている。
「ぷはははは――!」
配信のコメント欄は大爆笑だった。
『こいつら自分がタダ働きしてるの気づいてない!』
『ちょっと待って、狐ちゃんの身のこなしやばくない!?』
『あの光る電球たちのおかげで魚の雨だ〜』
「撃つな! 魚を狙うな!!」
衡平の額に青筋が浮かぶ。
「本体をロックしろ! MPを無駄にするな!」
「無理です! 全然捕捉できない! 速すぎる!」
「……馬鹿な。飛魚を踏んで空を走っているだと? 人間に可能な動きか……?」
真似しようと跳び上がった者もいたが、踏んだ瞬間にバランスを崩し、真っ逆さまに落ちていく。
飛魚は常に遊泳している。次の瞬間の位置を予測するには、極めて高い動体視力と先読みが必要だ。
一度立てても、重力で魚が沈む前に次へ移れなければ終わる。
「常軌を逸した平衡感覚と運動能力だ……」衡平の目が鋭くなる。「前回も違和感はあった。六十人で警戒していたのに、全員の髪を焼かれた。こいつは……桁外れに強い可能性がある」
「そんなはずない! ただの女子高生にしか見えないだろ!」
「現実を見ろ」
「怪物じゃないか……まあ、他に真似できる奴はいないだろ――」
言い終わる前に。
黒い影が、空へ駆け上がった。
「え? なんで上がってくるの?」
振り返る。
燈里だ。
「インベントリが満杯。捕獲した魚を海神像へ供えに行く。地上は混みすぎている。空のほうが速い」
風が耳元を裂く。
――速い。
私とほぼ同速。
……やっぱりこの子、怪物。
「それと」
跳躍の最中、燈里が太陽を背に私を見下ろす。
あの見慣れた、わずかに吊り上がった口元。
「この競技、団体モードはない」
「……だから」
「私たちは敵」
シュッ――
苦無のように放たれた短剣が、私の足場の飛魚に突き刺さる。
足場が崩れる。
「はぁっ!?」
不意打ち!?
さすがだな!!
「望むところ!」
落下の瞬間、弓を引き絞る。
燈里の次の着地点が消える。
支えを失った彼女は三層下へ落下し、辛うじて体勢を立て直した。
空の飛魚はおよそ十層構造。上層ほど魚体は大きく、得点も高い。
「うわー、神様同士のケンカ〜。私は魚拾い〜」
千夏が真下を駆け回り、落下した飛魚を次々回収する。
私は第五層の大魚を抱え込み、気絶させてインベントリへ放り込んだ。
「無駄」
「?!」
「弓は両手が必要。攻撃すれば捕獲時間を失う。捕獲すれば反撃手段を失う」
耳元。
燈里の声。
――いつの間に?!
ドンッ!
捕獲の隙を突かれ、背に重い一撃。
視界が回転する。
地面へ叩き落とされる。
くそ……錯覚か? 前世より強くないか?!
いや、そんなはずはない。まだ降臨初期だ。成長の時間はない。
考える暇もない。
下では、六十の光る電球が歯を剥いて待っている。
この位置取り……はは、やっぱり性格悪いな。
轟音とともに着地。
一人、電球を踏み潰して退場させる。
周囲を見渡す。
「覚悟しろ!」
六十を超える〈天堂〉の連中が、ゾンビのように取り囲んできた。




