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第6話

「……尻尾、逆立ってるよ」


私は依頼書をぎゅっと掴み、冷たく言い返す。


「振り向かせようとしても無駄。

この依頼は、私が取るって決めてる」


そのとき、背後から千夏の声がした。


「……わっ。凪緒、尻尾すごく大きくなってる!

マント、完全に持ち上がってるよ!」


頬が、勝手に熱を帯びる。


——最悪だ。完全に本能反応じゃない。


「ただのFランク依頼でしょ?

そこまでムキになる必要、ある?」


燈里の妖しく暗紅の瞳が、わずかに光る。

彼女は面白がるように私の顔を見つめ、時おり視線だけを私の背後へと滑らせる。

その口元は、どう見ても笑いを必死に堪えているようだった。


——もうやめて!

ああああ、こいつ、昔から本当に嫌な奴……!


「えっ?!」


戦う覚悟はとっくにできていた。

なのに、手元がふっと軽くなる。


……掴まれていた依頼書から、力が消えた。


あいつ、手を離した。

自分から、依頼を譲ったのだ。


私は思わず息を吐く。

……よかった。どうやら、この依頼の隠し報酬までは知らないらしい。


でも——

知らないなら、どうしてここに?

最初から、この依頼を狙っていたような動きだったのに。


それに、本当に知っていたなら——

この女が、こんなにあっさり引くはずがない。


「……ふふ、ふふふ。

いいね、すごくいい」


燈里が、突然笑い出した。

心から楽しそうな笑み。

その奥に——私がよく知っている、あの狂気の色を滲ませながら。


私はごくりと喉を鳴らし、依頼書を抱えたまま一歩下がる。


弓使いと暗殺者は、生まれつきの天敵だ。

互いに、一撃で相手を殺せる力を持っている。


違いはただ一つ。

——どちらが先に、相手を見つけるか。


「燈里先輩……?」


千夏が、恐る恐る声をかけた。


「燈里先輩も、依頼中なんですか?

それなら……一緒に、パーティ組みません?」


「ぶ——っ!!」


ちょうど水を飲んで気持ちを落ち着かせようとしていた私は、盛大に噴き出した。


千夏、何を言ってるの?!


パーティ?

あいつと?!


前世で誰もが知る宿敵同士。

千回以上、互いを暗殺し合い、夢の中ですら殺し合っていた二人が……

パーティを組む?!


なにそれ!?

正気とは思えないんだけど?!


燈里も、その提案にはさすがに驚いたようだった。

……が、その表情を見た瞬間、私は嫌な予感しかしなかった。


「いいよ」


——即答だった。


答えた。

この女、迷いもなく、即座に了承した。


やめてぇぇぇ!

この顔を至近距離で見るだけで、私は反射的に尻尾が逆立つのに!

しかも前世のこいつは、それを楽しむ最低な性格だったんだ……!


想像するだけで無理。

こんなのとパーティ組んだら、私、絶対に怒り死にする。


「燈里。血族の暗殺者」


私が頭を抱えているその一瞬で、

燈里はすでに千夏の手をしっかりと握り、自分から名乗っていた。


「千夏、人族の魔法使い……。

えっと、凪緒は?」


千夏が私を見る。


「燈里先輩はSEEKERの古参プレイヤーですよね。

PvPもPvEもランキングに名前が載ってましたし、ゲーム理解もすごく高いです。

燈里先輩が加わってくれたら、生存率、かなり上がると思います!」


……くそ。

千夏の言っていることは、全部正しい。


反論の余地が、どこにもない。


「……私は、別に……異論はない」


拳を握りしめ、顔を逸らす。

燈里の顔なんて見られない。

あいつが十メートル以内にいるだけで、危険察知の本能が全力で警鐘を鳴らしている。


「やったー! パーティ加入、歓迎です〜!」


千夏は嬉しそうに初心者用の杖を掲げた。


「これで、私たちのパーティにはSEEKERのベテランが三人ですね!

生存率、さらにアップです!」


私は顔を覆う。


……そりゃ、みんなの生存率は上がったでしょうね。

その分、私の死亡率はロケットみたいに急上昇してるけど。


まあ……。

少なくとも、あの裏切りのとき。

私の隣に立ってくれたのは、この女だけだった。


どうして、そこまでして仇を取ってくれたのかは分からないけど……。


もしかしたら。

思っているほど、最悪な奴じゃないのかもしれない。


「やっと触れた。狐の尻尾」


背後から、燈里の楽しそうな声がする。


——前言撤回。


やっぱり、最低だ。


私は稲妻のように尻尾を引き戻し、体に巻き付けてミイラみたいになりながら、無表情で前へ小走りに距離を取った。


「……触るな。

私の。

尻尾」


歯を食いしばり、警告する。


「うん、うん」


千夏と燈里は、適当に相槌を打った。


「……」

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