第33話
最初から分かっていた。
白夜みたいな、ああも目立ちたがりの男とパーティを組めば、
面倒ごとに巻き込まれるに決まっている。
〈天堂〉は、私たちがダンジョンを踏破したことを知っていながら、
公開された攻略法に従って挑むつもりなど、最初からなかった。
ダンジョンを攻略するより――
人を殺す方が、よほど簡単なのだから。
数十人、あるいは百人近いプレイヤーを集め、
相手が孤立した瞬間を狙って、一斉にスキルを叩き込む。
獲物に、反撃の余地など存在しない。
道徳を切り捨て、
効率だけを追い求めるなら――
人間を狩ることこそが、
最も合理的な“攻略法”になる。
だから彼らは、
ダンジョンを踏破したプレイヤーすべてを、
無差別の“追殺対象”に指定した。
「……相変わらず、分かりやすい強盗のやり口ね」
小さく息を吐く。
驚きは、まったくなかった。
こんなふうに、大人数で正面から追い回すやり方など、
十年後の基準では“幼稚”とすら言える。
本当に恐ろしいのは――
手段を選ばず、気づいた時には手遅れになる暗殺だ。
そして将来、その分野で最も厄介な存在は……
今まさに、私の隣を走っている。
……ただし。
どうにも、様子がおかしい。
「顔色、ちょっと悪すぎない?」
路地を並走しながら、私は燈里を横目で見た。
目立った外傷はない。
HPも、まだ余裕がある。
「少し、空腹なだけ。気にしなくていい」
平静な声。
だが、無理を押し殺した弱さが滲んでいた。
……空腹?
さっき、何か食べてなかったっけ?
「どうする?」と、燈里が訊く。
「千夏たちがトラブルに巻き込まれてる。黒樹迷界だ。
それに、私たちの依頼先も同じ場所」
燈里は、小さく頷いた。
至近距離に張り付く追っ手は――
数が多すぎる。相手をするには時間の無駄だ。
先に黒樹迷界へ入り、千夏たちと合流する。
「走れる?」
「問題ない」
「じゃあ、加速する?」
「できる」
黒樹迷界。
湖の西側に広がる樹海で、距離はおよそ三キロ。
敏捷と体力の補正を最大限に活かし、
私たちは一気に境界線へと駆け抜けた。
立ち止まることなく、
そのまま漆黒の密林へと踏み込む。
「会長! 奴ら、黒樹迷界に入りました!」
追撃部隊が、森の手前で足を止める。
「黒樹迷界に入れば、通信もナビも乱されます!
入るのは簡単ですが、出るのは困難です!
会長、追撃を続けますか!?」
追撃隊長は、衡平へ音声通信を繋いだ。
返ってきたのは、苛立ちを隠さない怒号だった。
『当然だろうが!
人数が揃ってるのに、何を怖がってる!
地面に誘導用のラインがあるだろう!?』
「ですが……」
『お前らは百人だぞ!
百人で十人を逃がしただと!?
そんな無能、前線に放り出して肉盾にする価値もない!』
隊長の身体が、目に見えて震え出す。
「り、了解です! 会長!
ただちに森へ突入します!
必ず仕留めます!」
『明日の朝までに、
奴らの装備と、インベントリ内の全アイテムを――
俺の机の上に並べろ。
できなければ、腹を切れ』
「……はっ!」
◇
「はい、パン」
私はインベントリから、包まれたパンを取り出した。
「それ……あの店のパンだよね。
もう廃盤になってて、あなた自身も大事に取ってたはず」
燈里が、少し驚いた顔をする。
「いいから!」
私は乱暴に、彼女の腕に押しつけた。
「さっさと食べなさい。
このあと戦うんだから、足引っ張らないでよ!」
燈里は、ふっと笑う。
パンを受け取り、
小さく一口かじった。
……そして。
顔をしかめた。
「……どうしたの?
焼き加減ミスってた? そんなに不味い?」
この店のパンは、
私も千夏も好きだった。
少なくとも、不味いはずがない。
「……いや。違う。
こういう“空腹”じゃないだけ。
とにかく……ありがとう」
「――しっ。静かに!」
私は耳を立てる。
フードを外し、
周囲の音波を余さず拾える状態にする。
耳の向きを微調整し、
かすかな物音の発生源を特定する。
狐の感覚は、
一メートルの雪の下に潜む旅鼠すら捉える。
私の場合は――
迫る危険を、事前に察知できる。
「……よかった。追っ手じゃない」
息をつく。
少し離れた場所から、
野兎が跳ね出し、地中へと消えていった。
「その耳……本当に便利な種族特性だね」
燈里が感心したように言う。
「言うほど万能じゃない」
私は尻尾を巻き、
燈里の向かいに腰を下ろした。
感覚が鋭敏すぎる代償は、
些細な音にも飛び上がるほど驚くこと。
それに、騒音耐性が極端に低くなる。
ドライヤーの音も、
洗濯機の振動音も――
正直、全身が不快になる。
狐族を選んだ時点で、
静かな場所で生きる覚悟は必要だった。
強力な才能には、必ず代償がある。
それは――
燈里の“暗夜血族”も同じだ。
圧倒的な隠密能力を持つ代わりに……
――待て。
暗夜血族?
脳内で、何かが弾けた。
青白い顔色。
そして、この違和感。
私は、ようやく理解した。
「……あなた、吸血鬼なの!?」
「今さら?
最初から分かってたと思ってたけど」
燈里が、舌で唇をなぞる。
飢えた視線が、ゆっくりと動き――
最後に、私を捉えた。
喉が、かすかに上下する。
……唾を飲み込んだ。
……やばい。
ニンニク、持ってきてない。




