第25話
「……14……」
「……15……」
「おい! こんな時にふざけるな! 心臓に悪いだろ!」
白夜が苛立たしげに怒鳴った。
「か……会長……」
隣の魔法使いが、白夜の裾をぎゅっと掴む。
「その声……なんだか、足元から聞こえてきてる気がしませんか……?」
白夜は不審そうに、足元の湖面へと視線を落とした。
水面には、彼自身の影が映っている。
「まさか……下からなんて……」
「ち、違います! 違いますよ、会長!」
魔法使いの声は震え始めていた。
「……気づきませんか?」
「……何がだ?」
「会長、今しゃがんだはずなのに……その影、まだ立ったままなんです……!」
「……!?」
白夜の身体が、凍りついたように硬直する。
次の瞬間——
彼の影は、ゆっくりとしゃがみ込み、
水面の中で、にたりと不気味な笑みを浮かべた。
「——バシャァッ!」
湖面が炸裂し、
一本の“手”が、水中から勢いよく飛び出した!
飛び散る水飛沫の中、その手は一直線に白夜の顔面へと伸びる!
「——ッ!!」
白夜は反応が間に合わない。
だが、その瞬間——
一本の矢が、正確にその手の甲を射抜き、軌道を逸らした。
「気を抜かないで。湧くよ」
私は淡々とそう言い放し、それ以上彼を見ることはなかった。
「思い出した!」
白夜は影から距離を取りながら叫ぶ。
「SEEKERの第二関門のモンスターは、水中からリポップする!
全員、自分の影を見ろ! 影の動きが自分とズレていたら、その足元がモンスターだ!」
「モンスターを確認したら即座に報告!
戦士は前に出て受け止めろ!
遠距離職は索敵を!
ヒーラーは回復に集中しろ!」
「ここは、防衛戦だ!」
……悪くない。
瞬時に湧き方を見抜き、各職の役割を整理して指示を飛ばす判断力。
「夜明」のプレイヤーレベルが低すぎなければ、
前世でも〈天堂〉にあそこまで簡単に潰されることはなかったはずだ。
「どんどん叫べ! 俺が受ける!」
副会長は、白夜の足元から湧いたモンスターへ真っ先に斬りかかった。
最初は戸惑いもあったが、
すぐに隊列は安定し、水中モンスターを一体ずつ着実に処理していく。
三人のヒーラーが後方から支え、
不意打ちを受けた者も即座に治療され、
隊の生存率は大きく底上げされていた。
私はふと、「神代明人」の配信画面に目をやる。
ちょうど、向こうもこちらを見ていた。
満面の笑みで、彼は豪語する。
「初クリアを狙うなら、火力全振りが常識だろ?
白夜の連中はまだ湖の真ん中だ。
俺たちはもう神社目前だぞ!」
コメント欄は賞賛の嵐だった。
《同意! 白夜なんて運が良かっただけだろ? ダンジョン攻略は明人様の方が格上だ!》
《あの弓使いもギャグでしょ。ヒーラー三人とか笑える。第二関門すら捌けないよ》
《数が溜まったらヒーラー何人いても意味ない》
《明人様が人類の希望だ! あの聖母気取りは全員死ね! ハハハ!》
明人は気持ちよさそうに賞賛を浴びるが、
彼の背後の仲間たちは青ざめていた。
「隊長……お願いです、ヒールを……!
手首が折れたままなんです……痛くて……!」
明人は眉をひそめる。
「折れたのは左手だろ? 右手で杖は振れるだろ。
大した傷じゃない、我慢しろ」
「でも、左手でポーション飲むんです……!
痛くて集中できません……!」
「“断手”はゲーム内じゃ軽いデバフだ。
ヒーラーは盾役で手一杯だ。第三関門まで我慢しろ」
「——あっ!!」
直後、別方向から悲鳴が上がった。
「助けて! ヒールを!!」
弓使いの腹部が貫かれ、血が止まらない。
「ヒーラー! ヒールを!」
「無理です! MPが尽きました!」
「ポーションは!?」
「もう飲みました! クールタイム中です!」
「ふざけるな!!
前から無駄撃ちするなって言っただろ!」
明人はヒーラーの襟を掴む。
「致命傷ばかりです! 使わなきゃ死にます!」
「そんなはず……ゲームなら耐えられるのに……」
「ゲームと現実は違うんです!!
人は、痛いし、疲れるんです!!
怪我人が増えれば討伐速度は落ちて、
さらに怪我人が増える……一人じゃ足りないんです!!」
「違う! 弱いのはこいつらだ!!
立て!! 立てよ!!」
——だが。
彼の怒号は、
誰一人、救えなかった。
隊列の中で、
瀕死の弓使いのアイコンが、
静かに、暗転し。
そして——
消えた。




