第24話
「遠距離職は石像の肩にある弱点を狙え!
近接職は足首だ! チャンスを逃すな、全力で叩き込め!!」
十分後――。
動力を失った大剣の石像が、湖へと崩れ落ちた。
水面が大きく盛り上がり、激しい波が四方へ広がる。
“勇敢な”盾戦士の奮闘もあり、私たちは短時間で大剣石像の二つの弱点を破壊し、その動きを完全に止めることに成功した。
ここまで来てしまえば、あとは難しくない。
「ザバァ――」
波音とともに、もう一体の盾を持つ石像も、ついに湖面へ倒れ伏した。
「……さっきは本気で死ぬかと思ったよ」
白夜が額の汗をぬぐいながら、そう呟く。
戦闘が完全に終わるまで、誰も気を抜くことはできなかった。
そしてようやく、全員がその場に座り込み、力が抜けたように息を吐く。
討伐報酬の宝箱は足元に転がったままだったが、
誰一人として、すぐに手を伸ばそうとはしなかった。
――生きて戻れた。
それだけで、今は十分すぎるほどの報酬だったからだ。
《余火》のメンバーの一人が、震える声で言う。
「……現実での戦闘って、ゲームとは比べものにならないですね。
失敗した時の代償を考えてしまって……恐怖で、足が言うことを聞かなくなる」
「特に、こういう“本物のボス級”を相手にするとさ……
あの“どうしようもない圧迫感”は、雑魚とは次元が違う」
「……人間の本能が、逃げろって叫んでくる」
《夜明》の副会長は、すでに狂化状態から回復し、力尽きたように地面に座り込んでいた。
自分の濡れたズボンに気づき、顔を真っ赤にして俯く。
「……すみません。さっきは……」
白夜は彼の肩に、軽く手を置いた。
「盾役は、いちばん恐怖を受け止める立場だ。
……さっきの君は、ちゃんと立派だったよ。ありがとう」
「……いや、あの薬のおかげです」
副会長は苦笑しながら言う。
「あの弓使いのお嬢さん、絶対わざとでしたよね!?」
私は聞こえなかったふりをして、黙々とパンを齧り、体力の回復に努める。
視線が集まってきたのを感じ、慌てて口いっぱいにパンを詰め込んだ。
「……私のパン、取らないでよ!」
「…………」
これは《リラの朝》のパンだ。
しかも、もう廃番になっていて、二度と手に入らない。
「それはともかく……さっきの狂化ポーション、本当に感謝しています」
副会長が立ち上がり、深く頭を下げた。
「あれで分かりました。
俺は――ちゃんと、盾で受け止められるって。
これからは自分の盾を信じます。ありがとうございました!
次の戦闘は、皆さん、安心して俺の後ろにいてください!」
「よし!」
副会長は拳を握りしめる。
「休憩が終わったら、すぐ進もう!
目指すは首位突破だ!!」
白夜が、こめかみの横に軽く指を当てる。
すると、何もない空間に小さなウィンドウが浮かび上がった。
SEEKER内蔵の配信機能――ただし、配信者側ではなく、視聴者側の画面だ。
共有された映像が、私たち全員の前に表示される。
……見覚えのある顔だった。
配信タイトルには、派手な文字が踊っている。
『世界最速!
SEEKERダンジョン首位攻略隊・隊長
神代明人――地球ダンジョン、間もなく制圧!』
神代明人。
先ほど遭遇した、《東辰リアル攻略グループ》のリーダーだ。
治療役を一人だけに絞り、挑戦を続けている男。
「さっきから、ずっと俺たちを煽っててさ……」
白夜が肩をすくめる。
「自分こそがこのダンジョンの神だとか言って。
『白夜のチームはヒーラー三人とか、臆病者の編成だ。デタラメな講釈を垂れてるだけ』って……」
ヒーラー三人という判断は、私が提案したものだ。
彼はそれを拒否した。
だが、白夜と由衣は受け入れ、この攻略と解説配信を始めた。
つまり――
彼の言う“臆病者”とは、私のことだ。
「ムカつくなぁ……ああいう奴に煽られるの!」
副会長が苛立たしげに地面を踏み鳴らす。
「え、えっと……煽られるのは腹立たしいですけど……」
《余火》のヒーラーが、おずおずと手を挙げた。
「……向こう、もう第二フェーズに入ってます」
「ヒーラー一人で、その分アタッカーを増やしてますから……
一層目の二体石像は、かなり早く突破したみたいです」
事実だ。
否定しようがない。
進行度の差は、どうしてもチームに動揺を生む。
――もしかすると、あちらの編成の方が有利なのではないか、と。
火力が二人分増えれば、ボスの撃破速度は確実に上がる。
「……行こう」
由衣が静かに言った。
魔物のドロップ素材を分配し終え、
由衣と副会長が、先頭に立って進み始める。
私たちは再び、湖面を踏みしめて前へ進んだ。
しばらく歩いた、その時。
湖の上を、湿り気を帯びた風が吹き抜けた。
気づけば、周囲には薄い白霧が立ち込めている。
鸕鷀嶋神社へ近づくにつれ、その霧は次第に濃くなっていった。
太陽の光は遮られ、辺りは急速に暗さを増していく。
やがて――
仲間の背中さえ、はっきり見えなくなった。
「これからは、声出しで位置を確認する!」
霧の向こうから、白夜の声が響く。
「隊列番号で数えるぞ!
1から10まで! 10の次は、また1だ!」
「1!」
「2」「3」「4」「5」
「6」「7」「8」「9」「10!」
「……11……」
全員の足が、同時に止まった。
「11?
10の次は1だって言っただろ! ふざけるな!」
白夜の声が、少し離れた場所から聞こえる。
だが――
まるで、その声が届いていないかのように。
数える声は、止まらなかった。
「……12……」
「……13……」
「…………」




