第22話
依頼を受けたあのガウのことを、私は覚えている。
頭には白いふわふわの毛が一房あり、翼は孔雀のような深い緑色だった。
今、叱責されているこのガウは、体格こそ依頼人のものとは違うが、配色は驚くほどよく似ている。
……さすがに、同じ個体ではないだろう。
「そこの異種族の弓使いさん!」
「……ん?」
私は声のした方を見た。
目の前には、二人のプレイヤーが立っている。
「突然失礼します。
私たちは《東辰リアル攻略グループ》のメンバーです。
これから河口湖のレベル7ダンジョンに挑戦する予定なのですが、
現在、弓使いが一人足りていなくて……。
よろしければ、ぜひご一緒に攻略していただけませんか?」
「東辰リアル攻略グループ?」
東辰といえば、確かかなり大きな金融企業だったはずだ。
もう大企業が、自前の攻略チームを組織し始めているのか。
「はい、あの東辰です」
二人は少し誇らしげに胸を張る。
「それに――
このダンジョンの初クリア者、神代明人さんにも参加していただいています!
目標は、現実世界でもダンジョン初制覇を達成し、
東辰攻略グループの名を広めることです!」
……なるほど。
ずいぶんと野心的だ。
だが、このダンジョンの初制覇は――
私の記憶では、起きるのは明日。
しかも、成功したのは東辰ではなかった。
「河口湖ダンジョンは、参加上限が十人。
弓使いの私、あなたたち二人が剣士と魔法使い。
残りの七人は、どんな構成?」
「ヒーラー一人、アサシン二人、戦士二人、魔法使い二人です」
「……ヒーラーが一人?」
私は首を横に振った。
「ごめんなさい。参加できません。
このダンジョンは、最低でもヒーラーが三人必要です」
「はぁ!?
たかがレベル7のダンジョンに、ヒーラー三人だって!?」
背後から、苛立ちを隠さない声が飛んできた。
「あっ! 神代明人さん!」
東辰の二人は、慌てて深く頭を下げる。
私はその男――神代明人を、まっすぐ見据えた。
「現実はゲームとは違います。
人は疲労しますし、体力の回復速度も落ちる。
長時間の戦闘では、集中力も確実に低下します」
一歩も引かずに、言い切る。
「ヒーラー三人を入れない編成は、
仲間の命を賭けた博打です」
「はぁ??
俺はこのダンジョンの初クリア者だぞ!
当時も、この編成で突破した!
お前みたいな無名が、俺の判断に口出しする気か!?」
「そう思うなら、どうぞご自由に。
じゃあね」
私は踵を返し、そのまま歩き出した。
背後から聞こえる怒声には、振り返らない。
……こういう人間は、何度も見てきた。
ゲームで得た成功体験を絶対視し、
現実の変化を一切考慮しない。
「ゲームが上手ければ、現実でも勝てる」
そう信じて疑わないタイプ。
説得は、無意味だ。
――時間が、彼らを一人ずつ淘汰していく。
「俺の編成は完璧なんだ!!
他の攻略チームは臆病だから、ヒーラーを二人も入れた!
結果はどうだ? 逃げ帰ってきただけじゃないか!
このダンジョンじゃ、火力がすべてだ!
火力さえ足りていれば、突破できる!!
見ていろ!
俺は全編を配信して、初制覇を成し遂げる!
その時は、お前が俺に謝る番だ!!」
「はいはい」
私は適当に頷いた。
「初制覇できたら、土下座でも何でもしてあげる」
……ヒーラー二人の他ギルド。
少なくとも、生きて帰ってはきた。
私は小さく息を吐き、
先ほど声をかけてきた二人を見た。
「命が惜しいなら、今のうちに抜けた方がいい」
二人は顔を見合わせ、逡巡する。
「で、でも……
会長が、初制覇できたら一人百万円って……」
それ以上、私は何も言わなかった。
ただ黙って、ダンジョンの入口へ向かう。
――と。
意外なことに、千夏と燈里がそこにいた。
「凪緒、
私たちでパーティ組んでみない?」
ダンジョン初制覇の報酬。
称号に加えて、自由ステータスポイントが付与される。
レベルアップで得られるポイントは固定だ。
だからこそ、こうした追加分は非常に貴重。
将来、たった一点の差が、
戦局を左右することもある。
神器では得られない報酬だ。
――正直、逃すつもりはない。
「おっ、君たちもいたのか!
相変わらず、超イケメンな弓使いと、超イケメンなアサシンだね~」
……まずい。
トラブルの予感しかしない声。
大手配信者・白夜が、
複数のメンバーを引き連れて現れた。
周囲には、さらに人が集まり始めている。
《夜明》ギルドだけではない。
「え? 偶然だね。
みんなもダンジョン解放の噂を聞いて来たの?」
――《余火》も来ていた。
由衣が率いる《余火》の精鋭たちが、こちらへ歩いてくる。
レベルは、おおむね十前後。
「せっかく知り合いが揃ってるんだし……
合同攻略、どう?」
由衣が提案する。
「安全第一で、各ギルドから精鋭を数人ずつ選ぼう」
二ギルド合同。
確かに、成功率は大きく上がる。
……問題は、報酬の分配だが。
「ダンジョン報酬は、うち《夜明》は全部放棄するよ」
白夜があっさり言った。
「僕は配信で、視聴者に攻略解説できれば十分。
そうすれば、無策で突っ込む人も減るでしょ?」
一歩引いて、続ける。
「配信収益もあるし、
《夜明》のメンバーの損失は、僕が補填する」
「それじゃ、あなたの損が大きすぎるわ」
由衣が首を振る。
「借りを作るのは、好きじゃない」
「いや、違うんだ」
白夜は楽しそうに笑った。
「さっき気づいたんだけど、
SEEKER内蔵の配信機能って、アイテム投げ銭ができるんだよ」
「配信してるだけで、結構な資源が手に入る。
ダンジョンドロップより、
一緒にクリアして、攻略情報を公開して、
救える命を増やす方が――
僕にとっては、ずっと儲かるんだ」
「……分かったわ」
由衣は少し考えてから、こちらを見た。
「じゃあ、凪緒たちは?」
「人数が足りないなら……」
「足りない!
めちゃくちゃ足りない!!」
由衣が答えるより早く、
白夜が全力で頷いていた。
その視線は、異様なほど熱を帯びて、私に突き刺さっている。
「……?」
……変態だ。




