第21話
白夜は、三秒ほどかけてようやく理解した。
――たった今、自分が目にしたものは、錯覚ではなかったのだと。
夜幕のように黒いマントに、月光が淡く銀の縁取りを与えている。
狭い二枚の壁のあいだで、少女は両足を交互に踏み、舞うような動きで軽々と壁の上へと駆け上がった。
そのまま大きく跳躍する。
マントの裾がふわりと舞い、夜風が白い長い尾を揺らした。
残像は、まるで白い流光が一筋走ったかのようで――
次の瞬間には、
その小柄な身体は、さらに遠くの屋根の上にあった。
一瞬。
ほんの刹那の出来事。
だがその光景は、配信を見ていたすべての視聴者の脳裏に、確かに焼き付いた。
「……あれ、本当に……プレイヤーなのか?」
白夜は、反射的に配信画面へと視線を落とす。
彼の内心と同じく、
コメント欄はすでに、疑問符で埋め尽くされていた。
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二点を結ぶ最短距離は、直線。
仕方がない。
新手村の道はやたらと入り組んでいる。屋根伝いに進むのが、唯一の近道だ。
うん、ゲームプレイヤーなら常識。
屋根を使えるなら、わざわざ地面を歩く理由はない。
「鍛冶を学びたいって?」
鍛冶屋の親父が、じろりと私を値踏みするように見た。
「はい」
「ふんふんふん!」
親父は腕を組み、得意げに胸を張る。
「ワシの家伝の鍛冶技術を学ぼうなんて、そう簡単にはいかんぞ!
まずは村の外で【腕喰い】を三体倒し、骨を持ってこい!」
「どうぞ」
「……え? もう?」
親父は目を見開いた。
「じゃ、じゃあ次だ!
地穴ゴブリンを三体倒して、魔角を持ってこい!」
「どうぞ」
「……あ、ああ?」
しばし沈黙のあと、
「……そ、そうか。
こんなに効率のいい冒険者は初めてだ……。
で、では最後に、湖畔にある魔晶鉱を――」
「持ってきました」
「…………」
〈システムメッセージ〉
〈困難かつ複雑な転職クエストを達成しました!
鍛冶師はあなたの不屈の努力に心を打たれ、鍛冶の技を授けることを決意しました!
生活職業『鍛冶師』を獲得しました!〉
「ありがとうございます」
それだけ言って、私は踵を返す。
鍛冶師の親父は、金槌を宙に固めたまま、呆然と呟いた。
「……あれ?
今、何が起きたんだ?
ワシ、弟子を取った……?
いや、そんな馬鹿な。まだ十秒も経ってないぞ……」
「……幻覚か?」
次の目的地は、裁縫屋。
「ふふふ、若い冒険者さん~~♪
私の裁縫技術を学びたいなんて、そう簡単じゃないわよ?
村の外で【腕喰い】を三体倒して、毛皮を持ってきなさい!」
「どうぞ」
「……え?」
十秒後、
私は転職特典の裁縫用の針と糸を手に、防具店を後にした。
最後の目的地――装飾店。
「よぉ~~若い冒険者!
装飾技術を学びたいのか――って、
ちょっと待て!!
まだ話してないだろ!?
なんで必要なものが分かるんだ!?」
装飾師の台詞が終わる前に、
すでにカウンターの上には、必要な素材がすべて並んでいた。
「ありがとうございます」
私は引き出しから初心者用の工芸セットを取り出し、隣の作業台へ向かう。
装飾師は首を振った。
「最近の若いもんは、せっかちすぎる。
そんな調子じゃ、良い装飾品なんて――
……ん? ちょっと待て。
ワシの目、壊れたか?
お前が持ってるそれ……まさか、伝説の神器《精霊王の魔戒》じゃないか?」
「カン!」
小さな鑿と強化素材を掲げ、
私は指輪に向かって、力強く打ち付けた。
次の瞬間――
眩い光が装飾店の中から溢れ出し、新手村の夜空を照らし出す。
〈システムメッセージ〉
〈成長神器《精霊王の魔戒》の強化に成功しました!〉
〈システムメッセージ〉
〈神器の強化により、多量の『装飾師』職業経験値を獲得!
『装飾工芸』スキルレベルが上昇――
見習い → 一般装飾師 → 熟練装飾師 → 装飾師マスター〉
「すみません。
さっき何か言いました?
せっかちだとか……よく聞こえなくて」
私は申し訳なさそうに装飾師を見る。
「……いえ、何でもありません。
マスター、お仕事の続きどうぞ」
「そう? じゃあ……」
……そういえば、成長神器の強化光はかなり派手だ。
ここで続けたら、衛兵が花火工場の爆発と勘違いして、水属性魔法使いを大量に呼びかねない。
個人工房へ行こう。
あそこなら鍛冶台も、ミシンも、装飾用作業台も借りられるし、窓もない。
そう考えて、私は装飾店を後にした。
なぜか背後の装飾師が、「ようやく解放された……」という顔をしていた気がする。
「個人工房のご利用ですね。
一時間あたり、銀貨十枚になります」
「一時間、お願いします」
……まずい。
残金が、あまりない。
SEEKER融合時、所持金は引き継がれない。
今の資金は、魔物や死霊術師を倒して得たものだけだ。
素材の購入にもかなり使った結果、残りは金貨三枚。
つまり銀貨三百枚。
今の段階のプレイヤーと比べれば十分すぎるほどの資産――
だが、強化待ちの神器が山ほどあることを思えば、まったく足りない。
一気にすべては無理だ。
黒樹迷界に向けて、重要な神器だけを優先して強化しよう。
「カン、カン、カン――」
作業に没頭し、一時間の工房利用権を限界まで使い切った。
工房を出る頃には、空がうっすらと白み始めていた。
大きく息を吐き、思いきり背伸びをする。
地平線の朝焼けが、空の半分を染めている。
駅舎では、ガウたちが交代の時間を迎え、昼番のガウへと入れ替わっていた。
調教師が、ガウたちを集めて朝礼をしている。
「クル太!
今日も昨日みたいな調子なら、駅舎から外れてもらうぞ……気合を入れろ!」
どうやら問題が起きているらしい。
「クル太」と呼ばれたガウは、しょんぼりと頭を垂れ、叱責に耐えている。
……それにしても。
あの叱られているガウ、
どこかで見たことがあるような気がする。




