第20話
「おい! それは反則だろ!!」
「反則だと?」
大男は私を指差した。
「対戦相手はお前ら自身が選んだ。
ルールにも同意したはずだ!
今さら撤回しようってのか……遅ぇよ!」
「――勝負、開始だ!」
天から振り下ろされるように、
異様なまでに長い“名前の剣”が、
一直線に私へと叩きつけられる。
ルールでは、
急所に命中すれば、その時点で敗北。
「凪緒! 避けて!!」
千夏の悲鳴が飛んだ。
避ける?
――それこそが、負けだ。
周囲から絶望的な叫び声が上がる中、
私は“巨剣”を避けるどころか、
わずかに身体の位置をずらし――
あえて、その真下へと踏み込んだ。
「終わった……!」
〈余火〉の面々は、思わず目を背ける。
だが。
“巨剣”が私の額を叩き割る、その寸前。
――何かに、当たった。
カチリ、と乾いた音が響く。
少年が必死に“剣”を押し下げる。
だが、“巨剣”は私の頭上、わずか十センチのところで、
完全に引っかかり、微動だにしなかった。
「な……なんでだ!?」
「ふふ……ふふふ……」
私は、わざとらしく悪役じみた笑い声を上げる。
「坊や。
長ければ、それだけで無敵だと思った?」
そのまま、勢いよく身体を回転させた。
「――ぐあっ!!」
回転の遠心力に引きずられ、
抗えない捻じれの力が発生する。
少年の手から、
“名前”が、引き剥がされた。
「――あっ!」
千夏が声を上げた。
「分かった!
名前を吊ってる“フック”だよ!
みんなの頭の上にある、あれ!」
〈余火〉のメンバーたちが、一斉に叫ぶ。
「フックだ!
フックが致命の一撃を止めたんだ!!」
その通り。
プレイヤー自身は、他人の名前に触れられない。
だが――
“フック”は、別だ。
「今、この武器は私のものよ
降参しないなら、このまま湖に放り込むけど?
そうしたら、あなたは“無名”になるわ」
「やだぁぁ!!」
少年は泣き叫んだ。
「名前を失いたくない!
降参! 降参します!!」
「…………」
〈鉄牙団〉の大男は、
その場に崩れ落ちた。
「負けた……?
俺たちが……負けた……?」
由衣が一歩前に出て、大男の前に立つ。
彼女の口元は、まだ微かに引きつっていた。
……これが、ギルド同士の争い。
なるほど。
……確かに、凄惨だ。
「負けたなら、もうこんなことはやめて」
由衣は額に手を当て、ため息をついた。
「こんな意味不明な勝負……
仮に勝っていたとしても、誰も認めないわ」
「チッ!」
大男は舌打ちし、立ち上がる。
「うるせぇ!」
〈鉄牙団〉の面々は、肩を落としながら、その場を後にした。
「やったぁぁ!!
勝ったぞーーー!!」
〈余火〉のメンバーたちは、
まるで贔屓のチームが世界一になったかのような大歓声を上げる。
「凪――緒!
凪――緒!
凪――緒!」
……いや、
そこまで喜ぶこと!?
私は苦笑しながらフードを引き下ろし、
顔を隠した。
まったく……。
……そう。
これが〈余火〉だ。
「みんなは続けてて。
私は先に、新手村へ行くわ」
さっき集めたモンスター素材を使って、
鍛冶台でいくつか神器を強化したい。
これ以上、低レベルのモンスターを狩るのは、
正直、時間の無駄だ。
「私も行く!」
千夏と燈里も、すぐについてくる。
千夏はすでにレベル八。
ここでの効率は、もう落ちている。
「分かった。
気をつけてね」
次々と新規プレイヤーが〈余火〉に加わっている。
由衣の側は、もう十分戦力が整っていた。
だからこそ、
彼女は私たちの方を心配していた。
「大丈夫。
新手村は富士河口湖町よ」
私は橋の向こうを指差す。
「この橋を渡ればすぐ。
しかも、あそこはセーフゾーン」
私たちは今、河口湖の北東端にいる。
大橋の向こうには、
半透明の結界に包まれた河口湖町が、はっきりと見えていた。
湖畔には、
両腕を広げた“湖の女神像”が立っている。
その腕から伸びる結界が、
町全体を優しく包み込んでいた。
女神像がある限り、
そこは――魔竜でさえ侵入できない、安全地帯。
「あぁ……疲れたぁ……」
千夏が、大きくあくびをした。
もう午前三時だ。
今日は、相当な距離を歩いている。
戦闘中は、
アドレナリンのおかげで気が張っていたが、
今は一気に緊張が解け、
眠気が押し寄せてきた。
……とはいえ。
MMORPGの初日は、何よりも重要だ。
ここで先行できれば、
その差は雪だるま式に広がっていく。
どれだけ眠くても――
今夜は、踏ん張りどころ。
「眠すぎ……
ポーション作ってくる……
錬金術師ギルド……錬金術師ギルドは……」
「そっち」
私は、遠くに見える大きな建物を指差した。
錬金の紋章が描かれている。
「ついでに、私の分も何本かお願い」
「了解!」
「私も、少し用事がある」
燈里は軽く手を振り、
そのまま南の方角へ歩き出した。
「何かあったら、フレンドリストで連絡して」
SEEKERのフレンド機能には、
音声通話もビデオ通話も備わっている。
……本当に、便利なシステムだ。
分かれ道でそれぞれ別れ、
私はメモ帳に、やるべきことを一つずつ書き出した。
神器の強化には、
鍛冶師、裁縫師、宝飾師――
三つの生産職が必要になる。
全部、覚えなきゃいけない。
……その前に。
移動距離が、長すぎる。
どう考えても、徒歩は無理だ。
……仕方ない。
あの手を使うしかない、か。
――――――――――
新手村・入口。
「みなさん、安心してください!
これから新手村へ向かいます!」
白夜は、すっかり新しい配信スタイルを身につけていた。
SEEKER内蔵の仮想カメラを使えば、
重たい自撮り棒を持つ必要もない。
「え?
あそこにいるのって……」
白夜は首を伸ばし、
遠くに見える見覚えのある姿に気づく。
「……命の恩人さんだ!
あの、超カッコいい弓使いの!」
「はいはい、分かってる。
今、行くから……」
「えっ!?
命の恩人さん、何をするつもり――?」
「……え、ちょっと待って!?
飛んだ!?」
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