第15話
Ledgerの方では、どうやら先ほど一戦交えたばかりらしい。
その傍らには、彼を支えるもう一つの人影――衡平がいた。
なるほど。
前の人生では、この戦いでLedgerを助けたのは私だった。
それが今回は、〈天堂〉ギルドの会長・衡平というわけか。
……これは、なかなか面白い。
私はチャットウィンドウを開き、個別メッセージを選択する。
匿名のまま、衡平へと送信した。
「衡平会長。
このたびは《世界樹の果実》をお譲りいただき、本当にありがとうございました!
正直なところ、ここまで使い勝手がいいとは思っていませんでした。
口にした瞬間、いきなりとんでもなく強力な成長型神器を獲得してしまいまして。
ゲームの難易度が一気に崩れ、ボスですら私の一撃を受け止められなかったんです。
それどころか、精霊族からは精霊王候補だなんて言われる始末で、
神々まで我先にと弟子入りを勧めてくる始末……いやあ、本当に爽快でした。
改めまして、心より感謝いたします。
数杯のラーメン程度の代価で、全ゲーム……いえ、全地球で最も貴重な品を譲っていただいたおかげで、
私は“神”への道を手に入れることができました。
本来なら、それはすべて――衡平会長のものだったはずなのに。
それと、ぜひLedgerさんにもよろしくお伝えください。
彼の仲介がなければ、私はあれほどの品を手に入れることはできませんでしたから。
衡平会長、万歳~~。
Ledger万歳~~~」
送信、確認。
……まあ、嘘をつくのにお金はかからないし。
メッセージを送り終え、私は衡平の方へと視線を向けた。
衡平はチャットを開いたまま、固まっている。
まるで雷に打たれたかのように、
その場で十数秒、完全に思考停止していた。
そして――
千メートル以上離れているはずなのに、
夜空を引き裂くような絶望の叫び声が、はっきりと聞こえてきた。
「Ledgerーーーー!!!!」
……運が悪かったですね。
我が副会長のために、三秒ほど黙祷しておこう。
「ぷふっ――!」
ごめんなさい。
頬が河豚みたいに膨らんで、どうしても笑いを堪えきれなかった。
やっぱり、黙祷なんて無理。
……
「すみませーん、通してくださーい!」
私たちはドラゴン前哨地を後にし、冒険者ギルドのホールへと直行した。
残り三分。
ぎりぎりで、提出カウンターに辿り着く。
「依頼主の方が、ぜひ直接お礼を伝えたいとのことでして……皆さま、いかがなさいますか?」
来た。
続きのクエストだ。
「もちろんです」
「では、少々お待ちください。
……ただ、依頼主の方は現在不在でして。本日は冒険者ギルドで少し大きな出来事があり、その対応に追われているようです」
「え? どんな出来事ですか?」
「ご存じありませんか?」
受付の女性が目を丸くする。
「レベル5の冒険者が、たった一人でレベル10の死霊術師ボスを討伐したんです。
本人はまだ世界告知を選択していませんが、ギルドの記録板にはすでに表示されていて……」
「……」
そのときになって、ようやく気づいた。
視界の右上に、小さな感嘆符がずっと点灯していたことに。
《まもなく初撃破の世界アナウンスを送信します。
表示名を選択してください――
【本名】/【匿名】》
《残り時間:1/60分
時間切れの場合、自動的に匿名で送信されます》
……そして、カウントダウンは終わった。
「ドン――!!」
突如として、窓の外の空が派手な花火演出で埋め尽くされる。
降臨区域にいる全員が、驚愕の表情で空を見上げた。
月と雲を区切りに、
空一面を覆い尽くす巨大なシステムメッセージウィンドウが出現する。
《おめでとうございます!
冒険者「匿名」が「復生者・アンゴ公王」の初撃破に成功しました!
獲得称号:
【死霊克星】
(死霊系への与ダメージ+10%・永続)》
《ダメージランキングを公開します。
本戦闘に参加した冒険者:1名
与ダメージ割合:100%
判定:単独撃破》
《初撃破報酬は100%、冒険者「匿名」のメールボックスに送付されます。
さらに、単独撃破ボーナスを付与――》
・恒久自由ステータスポイント:10
・称号【伝説・孤高の者】
(半径10メートル以内に味方が存在しない場合、与ダメージ+10%)
《本撃破はレベル差撃破のため、
すべての報酬が×2されます》
・称号効果×2
・自由ステータスポイント:20に増加
「オーマイガー……!」
冒険者ホールが、一気に騒然となった。
「レベル差5で、単独撃破!?
アンゴ公王だぞ……どういう化け物だよ!」
受付の女性ですら、憧れの眼差しを向けている。
「こんな伝説級の新人が、俺のパーティに来てくれたらなあ……」
ある冒険者が天を仰ぐ。
「うちの猪頭二人なんて、【腕喰い】すら倒せないのに」
「無理無理。
そんな逸材が、お前のところに来るわけないだろ。
王国騎士団くらいじゃないと釣り合わないさ」
「俺、この人の犬になりたい!」
「……」
私は一言も発せずにいた。
誰にも気づかれないうちに、
全力で称号を頭上から外し、物品欄へと放り込む。
……よし。称号は収納できる。
続いて、報酬ポイントをすべて敏捷に振る。
レベルアップごとに5ポイント。
今回は4レベル分だから、合計20。
アンゴ公王撃破後、私のレベルはすでに12。
それでも、この上昇量は破格だ。
ステータスを反映した瞬間、
身体が一段と軽くなり、回避感覚が明確に変わったのが分かる。
「さあ、みんな!
アルセイン帝国に現れた新たな伝説に乾杯だ!」
大柄な戦士がテーブルに飛び乗り、酒杯を掲げる。
「乾杯~~~!!」
「乾杯ーーーー!!」
……うるさすぎる。
私は思わず両手で耳を塞いだ。
幸い、千夏と燈里は夕食を買いに出ている。
でなければ、どう説明すればいいのか分からなかった。
「……」
しばらく待つと、ホールも少し静まり返ったが、
依頼主はまだ現れない。
仕方なく、私はスマホを弄り始める。
画面を開いた瞬間、トップに表示されたのは――白夜の配信だった。
SEEKER降臨前は、無名同然の小さな配信者。
それが、たった一日で降臨区域の救援隊リーダーだ。
視聴者数は、日本一。
「皆さん、安心してください。
私たちは誰一人、見捨てません。
救援が必要な方は、こちらのオンラインシートに情報を記入してください。
それでは引き続き、SEEKERのシステムについて解説します――」
衡平の〈天堂〉とは対照的に、
白夜が立ち上げた〈夜明〉は、完全な救援ギルドだった。
彼らの尽力により、
降臨区域の転職者は迅速に組織化され、死傷率は大幅に低下した。
だが、その代償は大きい。
人命救助を優先した結果、
レベリングに割く時間を失い、
開幕の黄金成長期を逃してしまったのだ。
一方、〈天堂〉は“開幕”の隙を逃さず、
手段を選ばずに戦力を伸ばした。
一歩先んじれば、あとは雪だるま式。
やがて〈夜明〉は、総合戦力で完全に〈天堂〉に押し潰され、
最後には壊滅した。
会長の白夜も――その日に死んだ。
……短命だな。
私は、ああいう人間には近づかない方がいい。
この時代において、
無垢な理想主義者が報われることはない。
「凪緒! 凪緒!
ねえ、信じられないよ、私たち誰に会ったと思う!?」
パンを抱えた千夏が、歓声を上げながら駆け寄ってくる。
私は彼女の背後を見た。
「……ぷっ」
「白夜!?」
スマホの配信画面に映っていたのは、
言葉を失った私自身の顔だった。
「……」
思わず額に手を当てる。
……だから、嫌な予感ほど当たるんだ。
そのとき。
頭が痛くなりかけた、その瞬間。
人混みの中から、
かすかな金属が擦れる音が聞こえてきた。
白夜の背後で。
――刀が、抜かれた音だ。




