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episódio.8 冀求

男性同士による性的描写が含まれます。

苦手な方は、一読をお控えください。

 半宵に夜景を終えたキドンは、帰城してもなお用心をおこたらず、睡魔に誘われるまでひとしきり柱廊を巡回していた。

 すると、たまたま突き当たりの曲がり角で、湯船を満喫したばかりであろう、湯帷子(ゆかたびら)を羽織ったタイラント国王と遭遇する。ゆくりなく両者視線がぶつかって、進退ならずフリーズした。キドンは、ほんのりいたたまれずすぐさまこうべを垂れる。


 ルーバーの開け放たれた鎧窓から、青白い月光が差し込んだ。それが、キドンに女形のろうけたるような凄艶(せんえん)たる陰影をもたらす。

 ひいては、このごろろくに手淫もせずして澱のたまっているタイラント国王の肉欲が、すこぶる刺激されたのは無理もない。


「今夜の月は美しい」


 かくのようなどと前戯を細工しながらキドンに迫り寄ると、その両腕をわしづかむ。

 にわかに諸手(もろて)を拘束されたキドンが困惑しているうちに、この生身まるごとひといきに真横へ打ち振るい、はたの白壁へずいと押し当てた。


 不測の事態ゆえにとっさに周章狼狽したキドンは、束縛からのがれようとして急いで胴体をねじる。

 しかし、己の力自慢が無効であったのか、あるいはせがむタイラント国王との直面に萎縮してたじろいだのであろうか、ともかくキドンは貴殿の手錠におとなしく従わざるをえなかった。

 とまれ、腕力のあるキドンが抵抗できぬわけではないにしろ、なんだかんだしぶったところで相手はやんごとなきおおきみ、僭越にも固辞するというのは恥辱を味わうよりも不名誉なこと見苦しくてさもありなん。


 さりながら、タイラント国王の血のたぎるような情痴で一晩の衆道をつとめねばならぬことへのおぞけが混じり、キドンの気息はすでにしどろもどろになっていた。

 さるに、その様子を賢察したらしいタイラント国王が、おののくキドンをなだめるように、かのおつむりをつつましくさすり撫でる。


 そこで、伏し目がちであったキドンは、おそるおそる見上げてタイラント国王と目を合わせた。したらばタイラント国王のまなざしは、いつになくうららかのように思われるのだった。

 さようないかにも哀愁をただよわせているタイラント国王が、だんだんと心理的圧迫のほぐれていくキドンに、たたみかけるようにして優しく諭すように告白する。


「どうか、許してくれ。どうしても、おまえへの冀求(ききゅう)をおさえられんのだ」


 ここでキドンは、タイラント国王の色欲が単なる発散のためではなく、ほかでもない純愛がために己を欲していることを悟った。

 主僕の信頼関係を超えて、異人の自分がまぎれもなく愛されている事実を実感すればこそ、タイラント国王への恐怖心はおのずと消える。なおかつ、積年の臣従が報われたような気分までもを起こして、本能にあらがえぬまま恍惚におちいる。


 かくてキドンがタイラント国王のアプローチにつかのま内心でうなっていると、雄渾なる皇帝は「おまえは()()()だ」と甘美な忍び声で耳打ちをするのである。

 さればこそ、タイラント国王はキドンの桜脣おうしんに、我が身の見るからにあつぼったい口唇を重ね合わせねぶった。


 初交ゆえか、烈度はさしもなし。

 だがそれがまた、官能をくすぐる麻薬のようなロマンであった。唾液の吸い尽くされるプロセスは、むしろ口内が洗練されるようでおぼれようがない。


 キドンは、タイラント国王の袖口をつまんで離さず、怪力の足腰がへたばりそうになるのをこらえながら、肩息の胸倉に全霊をゆだねた。

 ずばり、ベーゼにはこよなく不慣れなチェリーであるので、たどたどしく肩甲骨をすぼめ、現前の慙死(ざんし)にだけは翻弄されるまいとまぶたをかたく閉じる。


 それでも、タイラント国王からの愛情が満身にしみわたること、筆舌に尽くしがたい至福であった。

 キドンは、タイラント国王に生涯を捧げて腐心する意義の光栄幸甚を堪能する。


 裏腹に、こうして差し止めならぬ鶏姦(けいかん)を犯しておきながら、妹背(いもせ)として偕老同穴(かいろうどうけつ)も同然たる王妃モーティナの存在などは、うっかり失念していた。


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