episódio.6 王妃に秘むる花
後日、毎年恒例の新嘗祭が無事閉幕した紫宸殿では、タイラント国王とキドンの二人がひとときの対談にかまけていた。
といっても、キドンはとりたてて、いなかしゃくなく口を割らない。高御座に腰掛けてふんぞりかえるタイラント国王だけが、頭ごなしに揚々と早口でまくし立てていた。キドンがてんで言葉を発しないことには、とくに怪訝にも思わないようだ。
高天井空間のこのパレスは、いたる箇所に大理石の妙技なせるわざなるスカルプチャーが散りばめられており、まさしく絢爛豪華と称賛するにふさわしい。君主権力の象徴にちなみ、ここが「鼎」と呼ばれるのももっともだ。
キドンは、なかばうわのそらで、タイラント国王のマシンガントークを聞きかじっていた。
「くそ、往生際の悪いシェメッシュめ……!」
タイラント国王は、さもしく咀嚼した葡萄のタネを、かたわらの脇机にしつらえられたガラス製のフルーツボウルに吐き出す。
ロマンスグレーのいぶし銀であるのに、ちくいちの所作が若干粗野で、偉大なみかどとしては実に惜しい。
「まあいい、そのうち蹴散らしてやる。なあ、キドン。おまえのことを、私は心から信頼しておる。今日もつつがなきように、はからいたまえ」
所作は粗野だが、タイラント国王のキドンに対する息づかいはやたら懇篤に満ちていて情け深かった。
キドンはそれを、かけがえのない贔屓寵愛の下賜であろうと認識している。己が異分子でありながら排斥しようにも忍びないという息吹を体感できる、唯一の機会であったからだ。国王タイラントを前にすると、ささくれ立ったキドンの心は途端に安堵してやすらぐのだった。
まもなく、タイラント国王が退出を促したので、キドンは深々と拝揖して紫宸殿をまかり出ずる。
今日も今日とて、キドンの声はその口からもれることはなかった。
紫宸殿を出ると、大扉対面の尖頭のアーチ窓前に、モーティナ王妃が遠景を鑑賞しながら佇立していた。
紫宸殿を退いたキドンの気配に感づいた彼女は、後顧して目礼を付与した。
「最近の陛下は、血気盛んね」
申し添えるにモーティナ王妃がさように披瀝するので、きっとタイラント国王のぼやきを盗聴していたのだろう。
しかれどあまり関知しないキドンは、平素に沿って貝になったまま、一礼して当場を去ろうとした。
したらばそこを、モーティナ王妃に「ちょっと」と声をかけられ足止めをくらった。
なんぞや伝言があるのかと斟酌して立ち止まって振り返ってみれば、彼女は名状しがたいというようにうつむいて両腕をさするばかりである。
モーティナ王妃としては、漠然として好意をいだくキドンになにかしら乙女心を打ち明けようとするも、とてもおもはゆくて唇が凍るのである。いっそのこと「なんでもないわ」と冷たくあしらえば良いものを、好機逸すべからずと耳元で悪魔がささやくのでいっこうに言い出せない。
こうしてモーティナ王妃がいつまでももじもじしているので、さすがのキドンも首をかしげるが、彼女の乙女心までは察し得ないにしてもどことなく人肌の恋しげな哀感だけは推測できた。
そこでキドンは、モーティナ王妃に歩み寄ると、その片手を取り両掌で包み込むように握りしめたのである。このようにすれば、ストレス緩和やリラックス効果が期待できると聞くので、それを試したのだ。
言わずもがな、好男子に空き手を握られたモーティナ王妃はおおいに赤面した。
ややしてキドンは両掌をほどくと、ご無礼つかまつりましたとばかりに平身低頭する。
対するにモーティナ王妃が恥じらいながら首を横に振ったのを汲み取って、キドンは小走りで柱廊を去っていった。
はぐれたモーティナ王妃は、しばらく放心する。
しかし、キドンに真玉手をもまれたことを想起すると、重ねて面輸がほてるのである。彼女の微衷に、小さな花が咲いた。




