episódio.4 将帥キドンどいう男②
目前の練兵風景を一目する三人は、いかにもひょうきんだと言わんばかりに互い顔を合わせて止まらぬせせら笑いにのどをふるわせていた。
「見ろよ、あいかわらずやってるぜ。こんなクソ暑いってのに、ご苦労ご苦労」
「懲りないよねぇ」
「おっと、ありゃあ……」
ほどなくしてふと、ひときわ肥大漢な一人が拱廊の片隅に立つキドンの存在に気づく。
「……将帥さまじゃねぇか、奇遇だぜ。ほいな、ちょいとあいさつしに行きますかと」
切り込み隊長らしきこの殿方は、聞こえよがしに将軍に脱帽する宣言を吐いて、後続の二人に小手まねきをしながらためらいなく歩調を進めた。
うすら馬鹿な三銃士が、差し出がましく中門をくぐり、ヘドロのウエスタンブーツでベイリーの芝生を踏みにじっていく。その厚顔といえば、好天におあつらえ向きな活き餌を嗅ぎ当てたハイエナさながら、おのおの生唾混じりに下唇をしゃぶること世にもはしたない。
三人組は、五指の関節を鳴らしつつ拱廊へ接近すると、微動だにせぬキドンを袋小路をかたどってにじり寄りながら取り囲んだ。左右を二人にふさがれたキドン、背面は城郭ゆえに後退の余地なし、眼前に阻み立った鼻息の荒い猛牛には肩越しの白壁に片手をもたれられてせせこましい重圧をこうむる。
ずんぐりとした見上げるような背丈の三人であるので、キドンの矮躯はたちまちに暗影の餌食となった。
「ごきげんよう。ちゃんばら日和、精が出ますなぁ」
露骨に口元をゆるませて吹き出す一味の吐息が、ほのかに酒臭い。
胃もたれ必至のメリケン粉をまぶしたような鎌ひげの濃い顔で、こうにもさかしぶられてはさすがにわずらわしい。
キドンはしかし、口を真一文字に結んだままポーカーフェイスを崩さなかった。
奸物にいちいち反応するというのもつくづく疲弊する。
すると、キドンのさような態度がやや気に障ったのか、肥大漢はほほえむ頬をひくつかせた。そのくせ、この芋助の汗ばんでゆるんだ襟元から垣間見える肉厚の胸腔を視認すれば、またもや下品な微笑を浮かべる。
軽く押せば、容易に組み伏せられそうだ。肥大漢が、キドンの肩口に右手を伸ばす。
せつな、キドンがすばやくその手首をつかみ上げてねじるやいなや、左足を一歩踏み出して体勢を低め、隻手の鉄拳でかの鳩尾を一発荒々しく殴打したのである。
この強烈なことすさまじく、肥大漢は軽く数メートルほど吹っ飛び、大の字になってあっけなく意識を失った。
残る二人のうち八頭身野郎は、おのれとばかりに殺意をむき出してキドンに詰め寄ったが、これまた片腕を封じられるわ足車で体感が傾くわで、そのまま一本背負い投げをくらった。
まともに受け身も取れなかった八頭身野郎は、腰を強打して失神してしまう。
最後の布袋腹禿頭は、臆病風に吹かれたのか非当事者をよそおって背を向けた。
もちろん、それを看過するキドンではなく、布袋腹禿頭のエラに恐懼の回し蹴りを放つ。あらがうまもなくキドンの脛骨にはじかれた布袋腹禿頭は、白壁に激突し脳震盪を起こして昏倒した。
キドンの周囲に、獣の山が転がる。
間近の惨劇を目撃した訓練生たちも、さすがに素振りを一時停止してしばし大口を開けていた。そこでキドンが峻厳な一睨を送ると、一同はおずおずながら慌てて太刀を振り回し始める。
キドンは、たるむ襟元を締め直しながらも無心にかえり、ベイリーを足早に出て行った。一連について、今日に限ったことではないので、キドンもとくには頓着しない。
午後、厩舎に隣接する蹄洗場にて、キドンは黒鹿毛の愛馬に丁寧にブラッシングしていた。
近頃はよくフケが落ちるので、洗滌には皮膚ケア用のオーガニックな石鹸を使用している。おかげで、だいぶ鎮静した。
のち、キドンのもとへ町娘が一人駆け寄ってきた。
彼女は、麻布をかぶせたバヌトンにコッペパンを数個ほど盛り付けてかかえ持っている。しかしこのコッペパン、ところどころ真っ黒なカビに覆われてどうも腐っており、とても食べられたものではない。
されども町娘は、「将帥さま、いつもありがとう」と言ってバヌトンを差し出すのである。
遠巻きに鑑賞していたグルとおぼしき姉御二人が、口元を隠して明らかに快然として笑っていた。
毎年豊作な当国とて、豪族貴族に限らず、下層民に腐れパンを食わすほど困窮した生活など強いてはいないはずだ。
しかるに、わざわざ腐らせたコッペパンをよりにもよって縉紳に献上するところを見るに、なんぞや悪意のある小芝居としか思えない。相手がキドンでなくば、無礼千万と叱責されて斬り捨てられていただろう。
はたまた、いくら国家の英雄だからとはいえ常時素面の仏でシビア性を欠くことすら絶無なゆえに、少しばかりの冗談を添えてキドンの希少な一笑を拝みたかっただけやもしれぬ。
ところが、キドンにはそんな茶番に付き合う感性はなく、彼はバヌトンのコッペパンを一つ取り上げると、なんとその黒カビの頭を大きな一口で食べるのだった。そして、さもおいしげにコクコクとうなずく。
その光景に、町娘はそれとなく苦笑いを浮かべるも、目元はまざまざと不服げにゆがんだ。
それから町娘は、ふてくされて一揖もせず、姉御二人とともに街中へそそくさと去っていくのだった。
これを見送るでもないキドンは、食べ残した腐れパンを愛馬に食わせて本日の業務を終える。
なにもかも、以前から親しまれている遊戯である。




