episódio.37 覚夢
以来の進展は、農繁期とあいまってめまぐるしい日々であった。
さっそくタイラント国王は、シェメッシュ小邦にとっての弊害である大河の灌漑工事を撤収する代わりとして、カリーノ姫との婚約をドゥルキス大君に要求した。
ところがドゥルキス大君は、自然破壊にちなんだ愛娘への冒涜に尽きると一蹴し、タイラント国王からの数度にわたる丁寧な高配をかたくなに拒否したのである。
のちほど結局、不如意の事態にたいそうなご立腹を召したタイラント国王は、地団駄を踏みながら勅令をくだし、シェメッシュ小邦へ忠節国士隊を出動させるのだった。
将帥キドンの采配のもと、膨大な兵数で小勢の聖騎士団を圧倒させた忠節国士隊は、半日とかからずしてシェメッシュ小邦のつつましやかな本丸を陥落させた。
城内の祭壇において大君ドゥルキスは、此度の交戦に怪気炎を上げて同伴したタイラント国王みずからの手腕によって斬首され、軍旗とともに掲揚される。
そうしてタイラント国王は、かくのごとき無惨な亡父をいつまでも追いたがってなげくカリーノ姫を、その抵抗を排して強引にルンブラン公国へと連れ帰るのだった。待望のカリーノ姫には当日のうちに新しき皇后の薫陶をかぶせ、満悦のいたりで初夜のシーツを濡らし明かしたという。
また、シェメッシュ小邦の失陥は、公的貿易で同盟を結んでいた数多くの国々にとっての大きな脅威となった。
かような各国が合従せぬかぎりにおいては、ルンブラン公国は世界最高峰の名声を落手するがままなのである。
それから、いつぞやの日に。
曙光を待たずして起床したキドンは、卓上に山積する各班書簡の検閲整理を無視して、裁付袴に小袖の直垂のみという万年の薄着装備で、炎天下における練兵風景をうかがいにベイリーへと赴く。
そして、武者修行の現場に一歩を踏み入れた将帥の姿を打見するなり各自干戈をおさめてきぜわしく長揖を捧げる健気な隊員たちには一瞥もくれず、己は拱廊の日陰に隠れて墓石のように黙々と直立するのだった。
そのうち、ぼちぼちと稽古に戻っていっそう奮励する面々の一挙一動を、最近の兵卒は華奢な上に脆弱だ云々と思いながら、青筋の立つ腕を組んでしばらく傍観する。
本人ももとより勝手知ったることだが、へしぐちの鬼相に熟視される程度で足元をからませる新米どもメンタルなるはなぜにさようにもデリケートなのであろうか。
キドンのこめかみから、ひとしずくの脂汗がしたたる。
途中一瞬、紫外線の熱気に少々めまいを覚えてよほど背後の白壁にしなだれたい衝動に駆られるも、今に血反吐を吐きかける諸君の前で随一のもののふがあごを出して弱っていてはとんだお笑いぐさだと思い直し、流汗もぬぐわず気丈を保った。
やがて、日時計が正午を回る一刻前となった。都心のカンパニーレから鐘声が響き聞こえれば、念願の昼飯休憩である。定刻を心待ちにしつつ、ベイリーでの喧騒は空腹に耐えてなおも続行されていた。
ただ、近頃の当所近辺では、毎日のように来臨していたあのおとぼけ三銃士の面々を見ない。どういう風の吹き回しかは他者の諒察にまかせるとして、これでキドンも心置きなくくつろぐことができるというものである。




