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episódio.30 忠義②

 タイラント国王が、キドンの心中にひそむ返忠(へんちゅう)を封じ込まんとする。

 キドンは、アルコをあやめねばならぬ展開へとおとしめられたのである。


 差し向けられた長柄に寸刻ためらって受領の遅れるキドン、それをタイラント国王は見逃さずして奮起をうながした。


「先代国王の旧恩を忘れたとは言わせぬわ。今のおおまえを庇護してやれるのは、この私しかいないのだぞ」


 タイラント国王の勅語(ちょくご)に、キドンの口元がにわかに凝固して結ばれる。


 しかてこそ、今上閣下に従順であるうちは、まず罷免梟首(きょうしゅ)に課せられることはない。命の保証を乞うのであれば、御諚(ごじょう)に服従するのが賢明である。

 さりとて、親友を誓い合ったアルコの寝首を斬り伏せよと命ぜられて、さようにやすやすと断頭できようものなら現在のキドンに苦慮はない。先代国王からは御厚誼(ごこうぎ)にあずかっていたとはいえ、アルコには至情(しじょう)をかけてもらった恵沢(けいたく)があるのだ。


 この逡巡を見破ったタイラント国王は、キドンをよりいっそう窮追する。


「これで、私に忠義を示しなさい」


 やにわにかぶせられしタイラント国王のそのみことのりが、キドンの精神を唯々諾々へと陥落させかけた。

 キドンが当惑しているあいだにも、アルコとの友情を悠長に選択する以前に、タイラント国王との信頼関係を復旧せねばならぬ事態となってしまう。さもなくばキドンは、またもや落人(おちゅうと)への落魄をこうむるにして、さてだにもっぱら、なにをおいても回避したい。


 すると、迷いに迷っていっこうに拝受されぬ長柄を、タイラント国王はむりやりキドンの右手に握らせた。

 そして、迷子なる子羊の肩に手を添えて、目のくらむような多大なプレッシャーを加えるのであった。


「期待しているぞ」


 そう一言残して、タイラント国王は紫宸殿をまかり出るに、そのままどこぞへと行幸あそばされた。


 紫宸殿の片隅に一人ぽつんと取り残されたキドンは、しかしまだも決心がつかぬままである。

 タイラント国王の恩賜を、不義理にもあだで返すような度胸はない。かと言って、はぐくんだアルコの昵懇じっこんを裏切る胆力もない。


 キドンは、サーベルを手にして、勘案にふける。

 たとえば今ここで、タイラント国王の去り行く背中にこのサーベルを投げ刺せば、果たしてどうなることやらか。ふと、そのようなたわいないささいな邪念がわき起こる。

 これぞおそらくは天下の重罪にして即効斬首に該当するであろうが、死しては浮世の桎梏(しっこく)から解放されるのはたしかなのであろう。されどもキドンには、そうまでして功労の生涯を棒に振る豪胆性は毛頭なくして、まるで小心者である。

 かような出来心は、みずからを危険にさらしたもうなりて、すぐに払拭した。


 キドンは結局、検討のさだまらずして、いったん思考を停止する。

 把持せしサーベルの長柄を見つめつつ、茫然自失となって、いっときその場に立ち尽くした。


 しかして、つくねんと出口のない晦冥(かいめい)の中でいくら滞留したとてしかたがない。

 ひとまずキドンは、夢遊病者のようなうつろとした一歩一歩を重ねながら、紫宸殿の裏庭へと避難した。


 紫宸殿の裏庭は、六畳間程度の、やんごとなき宮造(みやづくり)としてはやや狭小である。

 はなやかに池泉(ちせん)が設けられているわけでもなし、簡素にして全面芝生の、垣根の四隅にレモンのごとき紅葉する年季の入った銀杏木が並んでいるだけである。


 キドンは、かような素朴たるこの裏庭が好みであった。目のくらむようなシャンデリアに包まれて豪勢華美に内装された金城に比べれば、やさぐれた肺腑(はいふ)もずいぶんとやすらぐのだ。

 いくぶんか疲労感を覚えるキドンは、ここにてしばらく、煮沸した頭を冷やすつもりであった。


 しかるを、先客がいたようである。

 落葉せし一隅の銀杏木にもたれながら、くすくすと窃笑(せっしょう)して待ちかまえるは、あの三銃士であった。

 


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