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episódio.22 レガーメ

 ひとつ話題を変えるが、シェメッシュ小邦の宮殿パレスには、零細なベースメントがある。

 それというのは、畳座敷の茶室であった。


 これはドゥルキス大君の趣味が高じて設置された空間で、秋津島(あきつしま)という中小国から派遣されし仏僧使節団の説法による()()()()という美学に深く感激したのが茶室増築のきっかけであったらしい。

 地上のレイナヨン式パレス自体に、畳を敷布するに似つかわしいアジアンテイスト的なホワイエ各種をわざわざ導入するにも資金が足りず、かつての囚人収容所であった地下牢屋を茶室にリフォームした次第である。


 ちなみに、囚人というのは、単純に国家憲法に違反した罪人のことである。決して、敵国の人質や奴隷などではない。そもそも、グローバルたる交易を通じてあまたの周縁諸国と友好関係を締結する平和主義なシェメッシュ小邦には、戦勝して捕虜を奪取するスキル等は兼ねそなえていないのだ。

 収容所に投獄される囚人は、あくまでも国内で発生した咎人(とがにん)なのである。


 ところでといえば、アルコもドゥルキス大君の勧誘ありきで茶道をよくたしなみ、ときたま来訪する茶人の()()()()で国主同伴のもと抹茶を頂戴することもある。


 しかしながら、この茶室の役割とやらは、ただ倭文化を賞翫しょうがんするだけの場所ではなかった。


 コンパクトな茶室の一隅に設けられし床の間にあしらわれるは、向かって床畳の右側に質素な花瓶の吾亦紅(われもこう)、左側には陶器製宝尽くし柄の香合である。

 そして正面、落とし掛け奥の砂壁には、通常据えるべき大和絵の画幅とはおおいにたがえた三日月模様のタペストリーが吊るされていた。


 実は、このタペストリーをはぐると、砂壁には人間一人をしのばせられるほどの小さな丸穴が掘られており、ありていに言えばこれなるはあのルンブラン公国へとつながる秘密の目隠しパイプとなっている。


 かくのごとくシェメッシュ小邦がルンブラン公国に対して実施していた少々陰湿な策動とは、いわゆるにスパイ行為である。

 スパイ行為というはシェメッシュ小邦による景気活性化の根幹をなす慣行で、ジオグラフィーをもとにした他国の地形調査やそのカルチャー的伝統性をさぐるための古例活動なのだ。


 そのようにしてめぼしい国土の有益情報を獲得した上で、シェメッシュ小邦に尻尾をつかまれた交渉相手は当国に優勢を許すことになるというわけである。

 ゆえに、シェメッシュ小邦から提案せしテクニカルな商談に関して、先方の気分を害さぬ限り破綻したケースはほとんどゼロに近しく、風評の沙汰にもならない。


 おそるべきウラワザである。

 ルンブラン公国の場合も、大河における大型灌漑施設工事の一件が起爆剤となり、シェメッシュ小邦にマークされたのであろう。



 さて、カリーノ姫との逢瀬の翌日、アルコはこの地下茶室を訪れた。

 自明、抹茶で一服するためではない。本日の暮れ六つ時に、数ヶ月ほど以前からルンブラン公国へ差し遣わしていたベテラン密偵が一時帰省するので、その諜報した近況事相の伝達を受けるのである。


 タペストリー裏の丸穴パイプからイグサの香る畳部屋へ無事帰参したベテラン密偵は、さっそくアルコにルンブラン公国の内情の悉皆(しっかい)を、端的ながらも明瞭とした口調でもれなく伝え申し上げた。

 なかでも、ベテラン密偵が具申するに、アルコは一部聞き捨てならぬアンビリーバブルな秘話を耳にした。


 それというのがまさしく、あの啸風子のことであった。


 ベテラン密偵が熱弁するには、忠節国士団将帥キドンのゆくえが途絶えたと同時に啸風子が出現したとのことで、これぞその背景にルンブラン公国の内包する、知られざる宮中においてのダークサイド的真相に迫る実情にほかならぬと説得する。

 当時の城内で勃発した事変騒動にはたまたま惜しくも居合わせていなかったベテラン密偵であるので以下詳細は憶測にはなるが、まずもって、おそらくキドンは魔女であるモーティナ王妃によって姿形を啸風子にすり替えられたのではあるまいかという可能性が浮上せられた。

 キドンの失踪の要因が啸風子化によるあらましと推察すれば、整合性があるとの想像にはかたくない。


 ただして、その目的ははかりかねる。

 血統重視で養子も取らず、結果子息に恵まれなかった国王夫妻の皇位継承権角逐の内部抗争に巻き込まれて、あてどなく悪玉捏造の被害をこうむった蓋然性も考えられなくはない。


 だが、後述するベテラン密偵の解釈は、アルコにはしなくも胸糞を損なわせた。


 それは内実、啸風子がルンブラン公国から送り込まれたまわしもので、一連のトラの所行はいわばシェメッシュ小邦の弱点を握る目処の間諜工作の一環だったのではあるまいかというポシビリティーであった。

 一見してなきにしもあらずではあるが、それにしても一国の最重要軍人をわざとがましくトラに化かしてまわしものへと仕立て上げるのには、妥当性を欠いていささかの疑問はぬぐえない。

 されどもよくよく検討するに、実現不可能たるに油断しがちな急所を突くことで、強引なアリバイトリックの布石に応需でき、臨機応変なる好都合なカモフラージュへと遷移し得たのやもしれぬ。


 啸風子の眸子の丸々としたつぶらな瞳は、鵜の目であった。

 午天の暗いしのつく雨のあの日、射損じた将帥の、うりざねの印象が脳裏をよぎる。


 おいしいポトフを欲しがり、マフィンを召し上がって喜び、御金蔵の所有品には目を点にし、ともにかわくだりを楽しんで、伯都に襲われようとも一人一頭助け合って友情を築いたはずの啸風子の本性は、本当に悪魔の権化だったのだろうか。

 啸風子の、あたかも「くるしゅうない」とでもほざくような御満悦気味の、あの表情の充足感ですら、全部虚偽であったというのだろうか。


 アルコの胸裏にて強迫される、啸風子への疑惑が、総長のただでさえ繊細な息吹に荒波を立てさせる。

 かたく結んだ絆を、即夜で断ち切るべきかいなか、迷夢をさすらって懊悩(おうのう)するアルコであった。


 しかれど、たとえ両者のレガーメが背離しようとも、苦楽を分かち合った親友ゆえに、啸風子へ捧げた信頼を無下にしたくはない。

 さながらまわしものの啸風子であろうとも、かようなトラの一皮剥けた外貌を、アルコは許容して信じたかった。


 そうして隠密のフレンドシップに心を傾けた結果、同じくして斜陽するのはほかでもない祖国であるのだから、双方存亡の相克にはさまれるアルコのジレンマたるや際限がない。

 まわしものの啸風子を、兵糧を嗅がせるがままに自由放任しようものならば、小邦シェメッシュはかの悪名高き公国ルンブランに搾取吸収され、リーズナブルな植民地として零落してしまうであろう。


 本来、このひずんだシナリオを阻止防御せんがために、わずかばかりでも疑わしい馬謖(ばしょく)もどきの啸風子はまえもって抹殺しておかなければならないわけだ。

 たかだか数日程度で仲良くなった啸風子と比較するに、ナショナルディフェンスのほうがよほど肝心枢要であって、気兼ねなく腹心をひらき合った友情なんぞ見捨てて投棄してでも、殉死しようが愛国を堅守するのが騎士という存在である。

 

 ———それゆえにこそ……。


 アルコは、まほろばのアイデンティティーを不変とするために、啸風子への殺意を心神に秘めた。

 だが、スケープゴートかもしれない啸風子を、盲信を足がかりにして暗殺するかどうかは、当局面をむかえねばわからぬことだ。

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