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episódio.21 アルコの恋人

 別日の話題である。

 早番であったアルコは勤務後、城郭の裏手に広がる森林へ入山すべく、日没間際に出かけて行った。どことなく静心(しずごころ)のない様子で兵舎を立ち去るアルコのひそやかな背中の不審なること、あからさまである。

 こればかりは嗅覚の鋭くはたらいた啸風子は、ぬきあしさしあしこっそりとアルコのあとを追っていくのだった。


 アルコを追跡するに森林の最果て、はるかかなたに禿げた峻嶺(しゅんれい)の望む松原の枯れかけた一木に、一人の乙女が首を長くして停立していた。

 アルコの参上をもどかしがりながら心待ちにしていたその乙女とやらは、喫驚するなかれあのカリーノ姫であった。


 啸風子は、藪垣の後部に潜伏し、ただの物影に偽装して二人の一部始終を注視する。


 のちほど聞くに、カリーノ姫の将来は宇内きっての有望な貿易国先の明敏佳麗なる第一王子との嫁娶(かしゅ)、すなわち政略結婚がドゥルキス大君の意向によって決まっていたのだ。

 さような父君ドゥルキスには内緒で、聖騎士団総長アルコとシェメッシュ王女カリーノの身分差のへだたる二人は、こよなく愛し合っていたのであった。ゆえに、本日のアルコの外出は、カリーノ姫とのしめやかな逢瀬おうせの待ち合わせだったもようである。


 この二人がいかようにして相互の恋仲に落ちたのかは、啸風子には知るよしもない。

 アルコは美男であるし、カリーノ姫は美女であるからして、所用ありし昔日に拝謁したのがきっかけで、もしやすれば啸風子とは一風たがえて双方見合ったその寸劇に落ちた霹靂(へきれき)でたちまちに愛に燃えたのかもしれない。


「遅かったじゃない」


 指定時刻より少しばかり遅刻したおもゐびとをさようにいじらしく責め立てる姫君の、薔薇のごとくに赤い丹唇へ、アルコは己の薄唇を重ねてむりやり小言を封じ込める。


 以後に、もはや言葉の発せられることはなかった。

 二人の情火が、ふくれあがった風船のように爆ぜて、我慢していたであろうリビドーにその心身を焦がしていく。山奥の林床でさすがにまぐわいはしなかったが、口付けの白熱しゆくありさまこそ火を吹くようであった。

 互いにひしと抱きしめ合うこと、今に背骨が折れやしまいだろうか。


 それにしても、ドゥルキス大君の目褄(めつま)をしのんでの決してまかりならぬアモールとは、きわめてリスキーである。

 かく秘匿のラブロマンスが発覚したからには、かりに啸風子の口舌が機能すればドゥルキス大君に口供すべきであろう。しかし残念ながら、啸風子は発言不能の、どのようなトップシークレットとて口外ならぬ一介の獣類にすぎない。


 とはいえ啸風子には、たとえ口が利けたとしても、アルコとカリーノ姫の自由恋愛を妨害するつもりなどは毛頭もなかった。

 いや、しかりとも応援する意図があるわけでもなく、むしろ個人的に横槍は入れたいところではある。


 なぜなら、つい先日に「ぼくたちは親友だね」と断言していたあやつが、今日にいたっては色恋にかまけているのだ。

 アルコにかくれた恋人がいた事実に困惑しつつも、そうやってトラとの友情をないがしろにするのだと、啸風子はひどくやきもちをやいた。


 アルコにとって、友情を恋情とはいったいどちらのほうが大切なのだろうか。

 ひとつことわっておくとするならば、啸風子はどうせ猫科のトラゆえに、たかだか愛玩用のペット程度にしか認識されていないことについてはさらなり反論しがたい。あえてアルコの玩具になると言うのならば、せめて己はコンパニオンアニマルでありたかった。


 啸風子かカリーノ姫か、いずれかを選択せよとの神託がくだるに、アルコのベストセレクトは未来の花嫁即決であろう。

 自分はかくも大海のごとくアルコのすべてを愛しているというのに、彼には啸風子に振り向く慈愛のかけらもないのだ。


 かようなふうに邪推を積み上げるばかりであるので、啸風子はとうとうひとりでにへそを曲げて拗ねてしまった。

 いじけたついでに大きな()()()の上によこたわり、ふてくされる情緒も泥沼化していよいよ泣き寝入りせざるを得なくなった。

 

 親友と愛人の両立たること、困難なものである。


 啸風子が不貞寝しているさなかにも、アルコとカリーノ姫の桃色な熱愛はなおもってヒートアップする。

 そのうち、カリーノ姫がアルコの股間をまさぐり始めた。


 見るに堪えぬ啸風子のジェラシーたるや、計り知れない。


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