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episódio.19 伯都再来①

 かわくだりを終えた啸風子とアルコは、風下の葦辺(あしべ)をつたい、余韻にひたりながら逍遥(しょうよう)していた。


 イカダは当場にて、結ばれた縄をほどき、すべての丸太を大河に流して聖域へお返し申し上げた。本来、聖なる大河での遊興などは、基本的に暗黙の御法度なのだ。

 ただ本日に限っては、さような禁忌を無視して遊戯三昧にふけるスペシャルデーである。


 すこぶるエキサイティングなアミューズメントを楽しんだ一人を一頭は、祖国とは反対方向の雑木林に立ち入り、迂回して道なき帰路をたどる。でなければ、家路直通となる経路は、水苔の群れてシダの草々の密生する雨林となっている。


 一人一頭は、木漏れ日の差すのどかな雑木林へと徒歩(かち)を進めて行った。


 ときに、彼等(かれら)の気づかぬうちに、緊急事態が発生する。

 色づいた落ち葉の舞い散る閑散としたわきみちの草藪の中に、一匹の猛獣が、一個体人間であるアルコに照準を合わせて息をひそめていた。


 直後、この猛獣は追い風を得たとばかりに側端から走りいでて、突進するさきに浮き立って歩くアルコのわきばらをとらえ、強靭なる肉太の前脛で地面に押し倒したのである。

 まさかの奇襲に、多少のほど仰天する啸風子であった。しかして、アルコはしょせん蛮人がゆえに、ここで喰い殺されようが、啸風子にしてみれば対岸の火事に等しい。猛獣の捕食対象が誰であれ同じことわりだとそう思った、そのはずであった。


 啸風子は、狐疑跼蹐(こぎきょくせき)などには意にも介さず、とっさの反射神経に全力を注ぎて、今にアルコの喉元を噛みちぎらんとする猛獣に鉤爪を立てながら飛びかかり、その頬骨を引っ掻くついでに肉球で盛大に乱打した。


 アルコをかばい立てる啸風子による急襲をまともにこうむった猛獣は、失神はせずにしてもはらばいになって横転し、眩暈(げんうん)を起こしたのか挙動がおおいに鈍くなる。

 その鈍重なるすきにこの猛獣たる風姿をよくよく目視すれば、たいそうたまげるになんとこれは歴然とした縦縞模様の伯都であった。しかもただの伯都にあらず、かつての啸風子がロンパイアで片目をえぐった隻眼のトラだったのである。

 さような伯都には、今般は片頬に四本線の掻傷が刻まれた。


 よって伯都は、雪辱を晴らさんと吠えたげに、次なるは啸風子に襲いかかる。

 伯都の推し殴るような逆襲であおむけにひっくり返ってしまった啸風子は、そのままよだれを垂らす隻眼にまたがれるわ組み敷かれるわの、もがくも封じられるがごとき拘束を迫るのだった。

 せめてもの反抗にと後肢で何度も伯都の下腹部を蹴り叩く啸風子だが、これがまた隻眼の巨岩のような荷重にはまったくもって実効性がない。


 すると今度は、被災したわきばらの疼痛(とうつう)に耐えながら立ち上がったアルコが、取っ組み合う二頭の真横から攻め駆けるに、渾身のタックルで伯都を一歩先の大木まで突き飛ばした。

 むろんアルコは、伯都の大牙が啸風子の咽喉(いんこう)に詰め寄りつつある情景を目前にして震撼し、ルーの命に触れさせまいとの父性本能をたぎらせた早急の判断での行動である。


 樹幹に腰部を強打した伯都は、いまこそさすがに意気が絶して、白目の向くままに微動だにもしなくなるのだった。


 合間にこの凶暴肉獣を駆除しておけばよかったものを、今日という日は弓矢も持っていなければレイピアもそなえておらず、正真正銘の丸腰である。かような徒手空拳で、猛虎に対峙するとても至難のわざだ。

 たとえるならば、果敢な闘牛にムレータ無しで勇猛に対抗したところで、洞角(どうかく)に跳ね飛ばされるのがオチという次第である。


「逃げるよ、ルー!」


 そこでアルコと啸風子は、伯都が気絶しているあいだに、雑木林の獣道を全速力で走り逃走するのだった。


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