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episódio.18 ドグマ

 小半日の後半は、大河の上流へ移動し、かわくだりに打ち興ずる予定となった。

 それは、朝旦の射的練習でこじらせた、アルコの悲哀を晴らさんがためである。


 そうと決まればさっそくのこと、啸風子は泰然自若をキープせりと思ふまに、アルコは上機嫌で大河の上流を目指して出発する。

 うっそうとした草木をかきわけ、ふぞろいかつ足場のあやうい石段を、息をはずませて小山に登り進んだ。兼ねてアルコは、太い丸木を並べ結んだ特大のイカダと木製のパドルを持ち運んでおる気合い十分なるは裂帛のごとくである。


 重量級であろうそのイカダを、さも軽々と肩にかつぐアルコ、いくら上背があるにしてもそげな細身な痩躯のいったいどこにさような体力があるのだろうか。

 啸風子は、切実にパワフルモンスターの存在することの摩訶不思議なりと思う。


 半刻かけて上流に到達してのち、いざイカダを奔流(ほんりゅう)の前の滝壺に浮かべる。

 イカダには、啸風子が前部に乗って、白波の打擲(ちょうちゃく)に流されぬようしっかりと四つ足を固定させて伏せた。アルコは、後部にて双脚を伸ばし、啸風子を両側から挟み込むようにして座る。


 そしていよいよ、アルコの握るパドルが威勢のままに漕がれ、奔流の渦へと突入するのだった。


 激流の趨勢(すうせい)にまかせ、頽瀾(たいらん)の懸河をラフティングする。

 アルコがワイドブレードの長々としたパドルをたくみにあやつり、間断なく迫りし水筋に立ちはだかる巨礫をかわしながら、千巌万壑(せんがんばんがく)のスリリング満点たるレジャーに熱狂する。

 散弾のような水沫(みなわ)を猛烈に浴びるのが、清涼感にあふれて気分爽快である。


 娯楽的高揚の体感はいつぶりであろうかと、啸風子は考察する。

 さらぬだに、四六時中は兜の緒を締めて国家安全たる楯となり、進み行くいばらの道先で背負いし重荷のどこに有意義な陶酔感があろうぞ。

 はたまた、もし自分が今に人間であったならば、このあまりの歓楽にわずかばかりでも含笑(がんしょう)をこぼしていたのだろうか。さすればその頬辺が、小さくくぼむのであろう。

 

 そう感慨にひたる啸風子の口角は、興奮のパッティングに大きくひらいて舌を出していた。


 大河の中流までくだってくると、荒々しかったせせらぎがおだやかになり、水筋も緩流となる。

 川上のスプラッシュですっかりぬれネズミとなった一頭一人だが、それが醍醐味というドグマである。


 啸風子が見渡すに、河心の渓畔林も、けわしかった上流に比べて繁茂がおおようとしている。

 啸風子は、かつてこそ侵食しようとした大河の森羅万象の雄大壮豪なるを明視することとなる。


 濃緑の青々とした若葉のあざやかに密生すること、陰森凄幽のごとし。

 美しい生娘でさえ恥じらうであろうほどの千紫万紅たる絶佳な花々のこと、桃源郷のごとし。

 まさしく、柳緑花紅の自然美なる一望無限の景色であった。


 よくよく耳をすませば、巣立ったばかりとおぼしきウグイスが、吹鳴の練習にいそしんでいる。

 途中で音程のずれるさえずりたるや、比類なくほほえましい。


 かようなる山紫水明たるは明々白々として、紫幹翠葉の幻想的な神秘性という霊力に、ここ大河はあわく包み込まれ横溢していた。

 この異様なる幽玄な情景は、あたかも一幅の水墨画のようだ。かく造化にこそ神々が宿りたる発想も、腑に落ちるように申し分なくうなずける。


 啸風子は、御金蔵出の近代道具を追憶した。

 シェメッシュ小邦は、いかほどにプリミティブであれ、所持せし財宝も多き人民の心もゆたかなのだ。その豊穣性に、なにぞやを欠く現下のルンブラン公国が及ぶかと問われれば、それは断言できない。

 ただいまに見たかくのごとき絶景には、まことに霊験あらたかなる鎮守がおはす。なればこの大河を、おぞましき私利私欲がために大型灌漑施設の工事でむしばむなどとは実にもったいない。


 ただし、ルンブラン公国への忠義を裏切るつもり等々はみじんもない。ましてや、タイラント国王への恩義にそむく所存云々もちりほどもない。

 けだし、シェメッシュ小邦の誇る大河のはらわたを残忍にも切開しようとする利己心には、ずいぶんと過誤的思考をめぐらせる啸風子であった。 

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