バルベラ
クナーの港に柔らかな陽が差し込む午後、大衆食堂《潮騒亭》の奥の席で、エミリー・フラーはかつての同僚と向かい合っていた。
「一年ぶりね、アラン。バルベラの空気、まだ肺に残ってる?」
「残ってるよ、というか、あっちは空気が重い。鉱塵と汗と、剣の錆びついた匂いが混ざってる」
そう言ってアランは、魚介のスープにスプーンを差し入れた。日に焼けた肌と煤けたジャケットが、バルベラでの過酷な日々を物語っていた。
「金鉱脈が見つかったって噂、こっちにも届いてたわ。あれ、本当だったのね」
「本当さ。おかげで街には人が殺到してる。鉱夫希望の若者、逃げてきた流民、怪しげな興行師に、果ては野盗崩れまで……。それに乗じて酒場は倍増、闇市も広がってる」
アランはパンをちぎりながら続けた。
「問題は治安だよ。鉱山から上がった金が盗まれたり、宿で喧嘩沙汰が日常茶飯事。冒険者も、モンスター退治と街の用心棒とで二重の負担。衛兵は人手不足で手が回らない」
「なるほど……治安維持と労働供給のバランスが崩れたのね。ギルドは?」
「新人が増えてるが、腕は伴ってない。金に目が眩んだ素人が多くてさ。こっちのギルドみたいに、冒険者の質と信用を第一にしてない」
エミリーは静かにスープを口に運び、目を細めた。
「クナーは相変わらず海に悩まされてる。最近じゃスィニ商会の北海船団護衛に百人規模の人員動員があったわ。うちのギルドも慌ただしかった。新顔も増えたし、問題児もね」
アランは微笑を浮かべる。
「スィニ商会といえば、お父さん、元気か?」
「元気よ。相変わらずギルドを商会の支店みたいに見てる連中もいるけど、私は私で動いてる。……立場が厄介なこともあるけどね」
二人は短く笑い合った。かつての仲間と、変わらぬ距離感で過ごすひととき。スープの湯気の向こうに、互いの一年が静かに交錯していた。
「じゃあ、戻ってきたらギルドの戦力になるわね。今のクナーには、経験者が必要なの」
「バルベラ仕込みの喧嘩と鉱山対応、たっぷりあるぜ。しばらくはお前の指示に従うさ、課長殿」
「……やめて、それ」
エミリーは苦笑しながらパンをちぎった。港に吹く潮風が、久々の再会の空気に心地よく混じっていた。