スィニ商会
午後の陽光が傾き始めたころ、ギルド本部の扉が音を立てて開かれた。入り口から駆け込んできた使者の手には、スィニ商会の印が押された封筒が握られている。受付に立っていたエミリーはその封を受け取り、内容に目を通した瞬間、眉をわずかに上げた。
「これは……」
それは、スィニ商会からの大規模な求人依頼だった。十隻を超える大型交易船が三ヶ月にわたり北海航路を巡る予定で、そのすべてに護衛をつけるという。必要人数はおよそ百名。武闘派の冒険者から航海術に長けた者、獣の嗅覚を持つ斥候まで、あらゆる技能が求められていた。
「全体周知を。各隊長クラスに声をかけて、冒険者同士の伝達も促して。人員が足りないなら、周辺都市のギルド支部にも連絡を」
エミリーは即座に命じ、配下の職員たちは慌ただしく動き出した。掲示板には新たな紙が張り出され、「スィニ商会・北海交易船団護衛任務」と太字で書かれた文字が注目を集める。冒険者たちが次々と立ち止まり、情報を読み始めた。
「またスィニか。こりゃいい報酬になりそうだが、ギルドもすっかり商会の出先機関だな」
そんな皮肉交じりの声が聞こえた。ギルドの中でも、スィニ商会に対する見方は分かれている。潤沢な資金と豊富な依頼、定期的な寄付によりギルドの運営は大いに助けられているが、それが独立性を蝕んでいるという懸念も根強かった。
何より、スィニ商会クナー支店の支店長がエミリーの父親であるという事実が、両者の関係に微妙な陰を落としていた。エミリー自身も、幾度となくその立場を問われてきた。
「親の七光りでギルドにいるわけじゃない。私はここで、誰よりも仕事をしてきた」
そう自負してはいるが、それを他人に証明するには日々の積み重ねしかない。今日も、彼女は淡々と依頼文書を整理し、冒険者一人ひとりに必要な説明をし、推薦者の確認と実力査定を行っていた。
「エミリーさん、これって一次出航は来週ですよね? うちの連れ、船上戦は得意だけど正式登録まだなんすよ。急ぎます!」
「それなら、あなたが保証人になって。訓練班に推薦して、今日中に模擬戦の評価を出させて」
笑顔を浮かべつつも、彼女の指示は的確で速かった。
それを見ていた年配の冒険者が、仲間に囁く。
「エミリーさんが父親の威光でここにいると思ってたら、大間違いだぞ。あの人がいなきゃ、うちのギルドはもう回らんよ」
海風が旗を揺らすなか、エミリーは次の面談者の書類に目を通していた。その姿に迷いはない。たとえ背後に商会の影があったとしても、彼女の前にあるのは、目の前の任務と冒険者たちの命だけだった。