クナー支部のある一日
ララ王国の南端、潮の香りとともに目を覚ます街、海都クナー。青い屋根が連なる港町の中心に建つ石造りの建物──そこが冒険者ギルド・クナー支部である。潮風に煽られて翻るギルド旗の下、今日もまた、総合職員エミリー・フラーの一日が始まった。
「鍵、鍵……あったわ」
エミリーはまだ朝靄の残る港の通りを歩き、ギルドの扉を開ける。重い扉の軋みとともに、ほんの少しの塩気を含んだ空気が室内に流れ込んだ。彼女はすぐに帳簿と任務記録の山に取りかかる。日々の仕事は、退屈な事務処理の繰り返し──されど、海都クナーに生きる人々の命運がかかっているとエミリーは信じている。
午前のうちに、港湾局からの急報が飛び込んできた。
「ベレモス湾で貿易船が一隻、消息を絶ったとの報告が……」
エリオットが駆け込んできた。彼はまだ若い新人だが、真面目で覚えも早い。
「襲撃か座礁か。とにかく確認が必要ね。海運ギルドに通達を、そして護衛団の手配も急いで」
エミリーは即座に指示を出し、さらに海上ルートの警備配置を見直すよう防衛部門に連絡を入れる。彼女の手帳には、赤線と青線が錯綜し、今日も予定は分刻みで埋め尽くされていった。
正午を回る頃、ギルドの扉をまたぐ影があった。肩に大剣を背負った異国の戦士団──彼らは南海諸島から来たという。
「このギルド、しっかりしてんな。もっと無法地帯かと思ったぜ」
「お褒めいただき光栄です。ですが、登録には身分証と推薦状、どちらも必要ですよ」
エミリーは穏やかに微笑みながらも、書類の記載漏れを指摘するのは忘れない。ギルドに集う者は、すべてが善人というわけではない。秩序を保つには、柔和な顔の裏に冷静な判断力が必要だ。
午後、討伐任務から帰還した冒険者たちが、泥と血にまみれて帰還した。アングレイス──巨大なサメ型の魔獣に遭遇したという。
「一人が負傷、だけど全員生きて帰ってきた。奇跡だよ」
そう語る彼らに、エミリーは回復薬と報奨金の手配を迅速に行う。討伐報告は正式文書にまとめられ、次回の対応策を検討する資料となる。冒険者たちの命の重みは、こうして紙と印に記されていく。
夕刻、港が金色に染まり始めると、ようやくエミリーは椅子に腰掛けた。
ギルドの窓から見える海には、また一隻、異国の帆船が入港する。新たな冒険者、新たな問題、新たな希望が、また扉を叩くだろう。
エミリー・フラーにとって、それは日常であり、戦場でもあった。