表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/28

第八話 王都動乱

警鐘が鳴り響く中、聖騎士たちが禁書庫になだれ込んできた。その先頭に立つロランの瞳は、怒りと神聖な使命感に燃えている。


「そこまでだ、邪悪の源よ!今度こそ、神の光の前に浄化してくれる!」


だが、彼らが突入してきたのは、好都合ですらあった。エリアナの魂が絶望の底に沈み、俺たちの力が最も不安定になっている、最悪のタイミングだったからだ。


『クッ…!この時に…!』

「ヴォイド…」

エリアナは涙に濡れた瞳で俺の名を呼ぶが、その声には力がなかった。彼女の心が折れてしまえば、俺たちの魂の共鳴は途切れ、力は大幅に削がれる。


しかし、事態はさらに悪化する。

聖騎士団とは反対側の、禁書庫の影の中から、新たな一団がぬっと姿を現したのだ。

全員が顔を隠す黒いフード付きのローブを身にまとい、その手には禍々しい儀式用の短剣が握られている。聖騎士とは対極の、粘つくような邪気を放っていた。


「ククク…お探しのものは見つかりましたかな?災厄の器殿」

リーダー格の黒装束の男が、歪んだ声で言った。

「聖騎士団の諸君もご苦労。だが、その御魂、我ら『深淵の探求者』が、我らが真の盟主としてお迎えする!」


ロランが眉をひそめる。

「…貴様らか、近頃王都の闇で嗅ぎ回っていた邪教徒どもは!邪神を崇めるなど、正気の沙汰ではない!」

「正気ですよ。神々が押し付ける偽りの秩序よりも、混沌と自由こそが世界の真理!さあ、器よ、我らの元へ!その身に宿す偉大なるヴォイド・クロウ様を、我らが解き放ち、新たな時代の王として迎え入れよう!」


聖騎士団と、邪教徒『深淵の探求者』。

二つの勢力が俺たちを挟んで睨み合い、禁書庫は一触即発の空気に包まれた。


「やれやれ、とんでもないパーティーになっちまったな!」

ジンが短剣を抜き放ち、俺たちの前に立つ。

「どっちに転んでも、こっちは絶体絶命ってわけか!」


その言葉が引き金だった。

「邪教徒どもは後だ!まずは元凶を断つ!」

ロランが剣を掲げ、聖騎士たちが突撃してくる。

「させるか!邪神様は我らのものだ!」

黒装束たちも、奇怪な呪文を唱えながら、俺たちに向かって駆け出した。


「エリアナ!」

ジンが叫ぶ。

エリアナは、迫りくる二つの狂気に、ただ立ち尽くすばかりだった。彼女の心は、先ほどの真実によって、完全に砕け散っていた。

その絶望が、俺の意識に流れ込む。しかし、それはもはや力の奔流ではなかった。それは、俺の力を蝕む、冷たい毒だった。


だが、その瞬間。

俺の魂の奥底で、影山蓮が叫んだ。

(――ふざけるな!)

(こんなところで、終わらせてたまるか!彼女を、こんな顔させたまま、終われるか!)


俺は、邪神としての本能ではなく、一人の人間としての、純粋な『怒り』に身を任せた。

『エリアナ!聞け!』

俺は、彼女の砕けた心に、力の限り叫んだ。

『まだ終わってなどいない!お前が死ぬ運命だというのなら、その運命ごと、この俺が破壊してやる!だから、顔を上げろ!』


俺の魂の叫びに、エリアナの瞳が、僅かに光を取り戻した。

「…ヴォイド…?」

『そうだ!我と汝は二人で一つ!我らが紡ぐ神話は、悲劇ではない!神々への反逆の叙事詩だ!』


その言葉に呼応するように、二人の魂が再び無理矢理に繋ぎ合わされる。

エリアナの絶望と俺の怒り。

二つの強烈な感情が混ざり合い、これまでとは全く質の違う、暴力的で制御不能な力が奔流となって溢れ出した。


『オオオオオオオオオッ!』


エリアナの口から、もはや人のものとは思えぬ咆哮が迸る。

右腕の紋様から、黒い影が爆発するように吹き出した。それはもはや茨の形ではない。意思を持った津波のように、禁書庫全体を飲み込まんと荒れ狂った。


「ぐわっ!?なんだこの闇は!?」

「精神を保て!飲み込まれるな!」

聖騎士も邪教徒も、区別なく影の津波に飲み込まれ、悲鳴を上げる。本棚がなぎ倒され、貴重な古文書が宙を舞う。

知の聖域が、混沌の坩堝へと変わっていく。


「おいおい、やべえぞ!邪神様が暴走してやがる!」

ジンが煙玉を床に叩きつけ、俺たちの周囲に濃い煙幕を張った。

「今のうちにずらかるぞ!こっちだ!」


ジンに腕を引かれ、エリアナは半ば無意識のまま、走り出す。

背後で、ロランの声が聞こえた。

「待て…!あの涙は…あの叫びは、本当にただの邪悪なのか…?」

彼は、俺たちの姿に何かを感じ取ったようだったが、もはや振り返る余裕はなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ