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第四話 街道の餓狼と胡散臭き情報屋

宿場町を脱出した俺たちは、王都へと続く街道をひた走っていた。

昼は森に潜み、夜の帳が下りてから、月明かりと星々を頼りに道を進む。エリアナの手配書は、俺たちが思っていた以上に広く、早く出回っていた。街道沿いの村々の掲示板で、賞金額が記された彼女の似顔絵を見るたび、俺の内心では苦々しい舌打ちが、エリアナの瞳には憂いの色が濃くなった。


『ククク…我が器の価値、金貨百枚とはな。神の狗どもも、随分と気前が良いではないか。ならば千、万と値を釣り上げてみせよ。我が魂の輝きは、その程度で測れるものではないぞ』

俺はエリアナを鼓舞するように、いつもの尊大な口調で嘯く。

「…うん。私、安売りされるのは好きじゃないな」

エリアナはそう言って、悪戯っぽく笑ってみせた。宿場町での一件以来、彼女はただ守られるだけの少女ではなくなっていた。俺という存在を、共に戦うパートナーとして認識し、その精神は鋼のように鍛えられつつある。実に、我が器にふさわしい魂の成長だ。


そんなある夜のこと。

開けた荒野を横切っていた俺たちを、複数の気配が取り囲んだ。


(…来たか。ハイエナどもめ)

風に乗って、鉄の匂いと、獣じみた殺気が届く。数はおよそ十。ただのゴロツキではない。統率の取れた動き、殺意の練度。賞金稼ぎの中でも、手練れの部類だろう。


「そこまでだ、災厄の器!」

四方から、松明の光と共に男たちが姿を現した。革鎧に身を包み、手には剣や斧、クロスボウを構えている。

リーダー格の、顔に大きな傷跡がある男が、下卑た笑みを浮かべた。

「金貨百枚、ありがたく頂戴するぜ。おとなしくついてくれば、痛い思いはさせねえよ、お嬢ちゃん」


エリアナはごくりと息を呑むが、その瞳に怯えはない。彼女はゆっくりと左手で右腕を握り、俺に意識を集中させた。


(ヴォイド、やれる?)

『愚問だな。我らが絆の前では、この程度の数の亡者など、夜霧に等しいわ』

俺たちの魂が、静かに共鳴を始める。


『――クハハハハ!我が眠りを妨げる愚か者どもよ!その命知らずな蛮勇に敬意を表し、我が力の糧となる栄誉を与えてやろう!』


エリアナの口を通して、俺の威厳に満ちた声が夜の荒野に響き渡る。

同時に、彼女の右腕から《影縛りの茨》が放たれた。黒い影の茨が、大地を蛇のように滑り、最も近くにいた賞金稼ぎたちに襲いかかる。


「うわっ!?なんだこりゃ!」

「離せ!こいつ、動きやがる!」

数人が影の茨に足を絡め取られ、その場に倒れた。だが、敵もさるもの。後方にいたクロスボウ部隊が、一斉に矢を放ってきた。


『――左に三歩、そして伏せろ!』

俺の指示に、エリアナは完璧に反応する。数本の矢が、彼女がいた空間を空しく切り裂いた。

だが、敵の波状攻撃は止まらない。前衛の男たちが、倒れた仲間を乗り越えて肉薄してくる。


「悪魔憑きめ!数で押しつぶせ!」

『チッ、連携が厄介だな!』

俺たちの力は強力だが、エリアナの身体は一つしかない。一度に相手にできる数には限りがある。影の茨を操りながら、迫りくる刃を避けるのは至難の業だ。

一人の男が振り下ろした斧を、エリアナはかろうじて身を捻って避ける。しかし、体勢が崩れたところに、別の男が槍を突き出してきた。


(しまっ…!)


万事休すかと思われた、その瞬間だった。

ヒュン、と夜風とは質の違う鋭い音が響き、槍を突き出してきた男の眉間に、一本のナイフが深々と突き刺さった。


「ぐえっ…」

男は声にならない悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる。

突然の出来事に、賞金稼ぎたちも、そして俺たちも動きを止めた。


「やれやれ、ハイエナが寄ってたかって、か弱い子羊をいじめるたぁ、見てらんないねぇ」


どこからともなく、軽薄で、飄々とした声が響いた。

全員の視線が、声のした方向――近くにあった岩の上へと集まる。

そこには、一人の男が立っていた。月光を背に、その姿はまるで芝居の登場人物のようだった。歳の頃は二十代半ばか。しなやかな身体を旅人のコートに包み、腰には細身の剣を差している。人好きのする笑みを浮かべているが、その瞳の奥には、すべてを見透かすような鋭い光が宿っていた。


「てめえ、何者だ!俺たちの獲物を横取りする気か!」

傷顔のリーダーが、怒鳴りつける。

岩の上の男は、やれやれと肩をすくめた。

「横取りだなんて人聞きが悪い。俺はただ、正義の味方ごっこをしてるだけさ。それに…」

男はにやりと笑う。

「あんたたちのやり方は、美しくない。もっとスマートにやらなくちゃ、女の子にはモテないぜ?」


その言葉を皮切りに、男は岩の上から跳躍した。彼の動きは、猫のようにしなやかで、一切の無駄がない。着地と同時に、残りの賞金稼ぎたちの懐へ潜り込むと、まるで舞いを踊るかのように、男たちの武器を弾き、急所を的確に打撃していく。


「ぐはっ!」「あがっ!」

賞金稼ぎたちは、何が起こったのかも分からないまま、次々と意識を失い、地面に倒れていった。わずか数十秒の出来事だった。


あっという間に、リーダーの男と、最初のナイフで絶命した男以外の全員が無力化されていた。

傷顔のリーダーは、信じられない光景に腰を抜かし、へなへなと座り込む。

「ひっ…お、お前…一体…」


「俺?俺はジン。ただのしがない情報屋さ」

ジンと名乗った男は、倒した男の眉間からナイフを引き抜くと、布で血を拭いながら、にこやかに答えた。

そして、彼はゆっくりと俺たちの方へ向き直る。その視線は、真っ直ぐにエリアナの右腕の紋様に注がれていた。


「さて、と。本題に入ろうか、災厄の器さん?いや、君の腕の中にいる、大層な邪神様、とお呼びした方がいいかな?」


エリアナは息を呑み、警戒を露わにする。

『…何奴だ、貴様。我らのことを知っているのか』

俺はエリアナの口を借りて、問い詰める。目の前の男は、ただ者ではない。その実力もさることながら、俺の存在まで見抜いている。


ジンは悪びれる様子もなく、両手を広げて見せた。

「敵意はないって。俺は金貨百枚には興味がないんだ。それよりも、生きた伝説、動く神話の方が、よっぽど心が躍る」

彼の瞳が、好奇心でキラキラと輝いている。

「あんたたち、王都を目指してるんだろ?この先、追っ手はもっと厄介になるぜ。聖騎士団に、王国の魔術師、それに俺みたいなハイエナども。あんたたち二人だけじゃ、ちと骨が折れるんじゃないか?」


『…それがどうした。我らの前途を阻む者は、神であろうと打ち砕くのみ』

「威勢がいいねぇ、邪神様。だが、威勢だけじゃ腹は膨れないし、追っ手も撒けない」

ジンは人差し指を立てる。

「そこで提案だ。俺を雇わないか?情報屋として、あんたたちの旅をサポートしてやる。王都への安全なルート、追っ手の情報、それに『災厄の器』や邪神様に関するあれこれ。俺なら、あんたたちが欲しい情報を手に入れてやれるぜ?」


あまりにも胡散臭い提案。だが、彼の言うことにも一理ある。情報が不足しているのは事実だった。

(…どうする、ヴォイド?この人、信じられるかな…)

エリアナが、内心で問いかけてくる。

(…分からん。だが、利用価値はあるやもしれん。今は、一枚でも多くの手駒が必要だ)


『…ほう?この我に仕える栄誉を望むか。良いだろう、その酔狂な申し出、受けてやろう。だが、我らを裏切るようなことがあれば、その魂、深淵の底で永遠に後悔させてやることになるぞ』

「ははっ、そいつは怖いね。契約成立ってことでいいかな?」

ジンは愉快そうに笑った。


こうして、胡散臭いが腕は立つ情報屋ジンを仲間に加え、俺たちの奇妙な旅は、新たな局面を迎えることになった。

この出会いが吉と出るか、凶と出るか。それは、神ですら知る由もないだろう。

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