第二十八話 それぞれの旅立ち(エピローグ)
それから、一年後。
世界は少しずつ、だが、確実に変わり始めていた。
聖騎士団長を辞したロランは、自らの過ちを償うかのように、一介の旅の騎士として、各地を巡り、本当に助けを必要としている人々を、その剣で守っていた。その姿は、かつての威厳はないが、何倍も力強く輝いて見えた。
邪教徒『深淵の探求者』は解散した。ザラキエルをはじめとする元信者たちは、エリアナの光に触れたことで、歪んだ信仰から解放され、それぞれの故郷へと帰り、静かに、だが、確かな人生を再び歩み始めていた。
エルフの里は、少しだけ、人間との交流を持つようになった。ティターニアは、俺たちの一件以来、「人間も、なかなか面白いものよ」と、時折、里の外へ出ては、世界の移り変わりを、その目で楽しんでいるという。
王都の王立大図書館では、禁書庫の番人エキドナが、新たな歴史書を、楽しそうに執筆していた。それは、神々の時代の終わりと、人間たちの新たな時代の始まりを記す、壮大な物語だった。
そして、ジンは、相変わらず、しがない情報屋を続けていた。
だが、彼の元には、時折、とんでもない依頼が舞い込むようになっていた。
「よう、ジン。また、面白い仕事、持ってきてやったぜ」
王都の酒場で、ジンに声をかけたのは、黒髪の青年と、銀髪の美しい少女だった。
俺――ヴォイドと、エリアナだ。
俺たちは、特定の場所に留まることなく、二人で世界中を旅していた。
俺の、元邪神としての知識と、エリアナの、聖女としての力。そして、ジンの情報網。
それらを使い、俺たちは、世界各地で起こる、様々な事件や人々の困り事を解決して回る、いわば『何でも屋』のようなことをしていた。
人々は、俺たちをこう呼んだ。
『光闇の調停者』と。
「今度の依頼は、なんだ?」
ジンが、エールを飲みながら尋ねる。
「北の国で、原因不明の吹雪がやまなくて、困ってるらしい。古代の精霊が、怒ってるんじゃないかって話だ」
俺が言うと、エリアナがにっこりと笑った。
「大丈夫。私たちなら、きっと、その精霊さんと仲良くなれるよ」
彼女の手の甲には、もう紋様はない。だが、俺たちの魂は見えない絆で、固く、固く結ばれている。
「やれやれ、あんたたちといると、本当に退屈しねえな」
ジンは、笑って盃を掲げた。
「よし、乗った!その仕事、この天才情報屋ジン様が、手伝ってやろうじゃないか!」
俺とエリアナも盃を合わせる。
俺たちの旅は、終わったのではない。
始まったのだ。
二人で、この広い世界を、自由に、気の向くままに歩いていく。
そんな、新しい旅が。
夕陽が、王都の街並みを、黄金色に染めていく。
その光景を眺めながら、俺は隣にいる世界で一番大切な少女に、そっと問いかけた。
「なあ、エリアナ。幸せか?」
彼女はこくりと頷くと、最高の笑顔で答えた。
「うん。ヴォイドと一緒だから、毎日がすごく幸せだよ」
その言葉だけで十分だった。
俺の転生した意味も、戦ってきた理由も、その全てが報われた気がした。
こうして、腕に封印された邪神に転生した俺と、呪われし器となった少女の物語は幕を閉じる。
いや、違うな。
これは終わりではない。
二人で紡いでいく、果てしない、幸福な物語の、始まりの、一ページに過ぎないのだから。
読んでくれてありがとう。
完結です。