第二十五話 聖騎士ロラン、最後の問い
地下遺跡を抜け、俺たちがたどり着いた場所は、荘厳な大理石でできた、円形の広間だった。
広間の中央には、天へと続くかのような、光の柱が立っている。
その柱の根元に、それはあった。
複雑な幾何学模様が刻まれた、巨大な石の祭壇。
神々が、最初にこの世界に降り立った場所――『始まりの祭壇』。
「…ついに、着いたな」
ジンが、息を呑んで言った。
エリアナも、決意の表情で祭壇を見つめている。
ここが、俺たちの旅の終着点だ。
だが、その祭壇の前には、一人の男が、静かに立っていた。
純白の鎧、背筋の伸びた立ち姿、そして、その手に握られた聖なる銀の剣。
聖騎士団長、ロラン。
彼は、たった一人で、俺たちを待っていた。
「…やはり、来たか」
ロランは、ゆっくりとこちらを振り返った。その瞳は、怒りでも、憎しみでもなく、ただひたすらに静かだった。
「嘆きの谷の浄化、そして、地下に巣食っていた邪教徒の無力化。全て、お前たちがやったことだと、報告は受けている」
彼の背後には、聖騎士団の姿はなかった。
『…一人か、ロラン。仲間はどうした』
俺は、エリアナを通して問いかけた。
「…これは、俺個人の戦いだ」
ロランは、静かに言った。
「俺は、お前たちを追い続けた。お前たちを、世界の秩序を乱す『悪』だと信じて。だが、お前たちの旅は、どうだ?呪われた谷を浄化し、道に迷った人々を救っている。俺が、俺たちが信じる『正義』よりも、遥かに、多くのものを救っている」
彼は、苦悩の表情を浮かべた。
「…分からなくなったのだ。俺が信じてきた正義とは、一体、何だったのか。神の教えとは、教会の言葉とは、本当に、正しいものだったのか」
ロランは、剣の切っ先を、真っ直ぐに俺たちへと向けた。
「だから、ここで、最後の問いをさせてもらう。俺自身の、魂に決着をつけるために」
彼の全身から、これまでにないほど、純粋で、強力な神聖力が立ち上る。
「――災厄の器、エリアナ!そして、その内に宿る邪神ヴォイド・クロウ!お前たちは、その力を手にして、この世界をどうするつもりだ!世界を、混沌の闇に沈めるのか!それとも…!」
それは、彼の、魂からの問いだった。
エリアナは、一歩も引かず、ロランの目を真っ直ぐに見つめ返した。
そして、彼女は、俺に頼ることなく、自らの言葉で答えた。
「――私は、ただ、ヴォイドと一緒に生きたいだけです」
その答えは、あまりにもシンプルだった。
「世界をどうするとか、神様に逆らうとか、そんな大きなことじゃない。私は、私を助けてくれた、私の半身である、この人と、ただ、明日も、その次の日も、一緒に笑って生きていきたい。その未来を、誰にも、たとえ神様であっても、邪魔させたくない。――ただ、それだけです」
エリアナの、飾り気のない、だが、何よりも強い想い。
その言葉を聞いて、ロランの瞳が、大きく揺らいだ。
彼の握る剣が、僅かに、震えた。
「…そうか…」
ロランは、天を仰ぎ、そして、何かを振り切るように、構えを正した。
「…その答え、気に入った。だが、俺は聖騎士団長だ!俺の信念を、俺の正義を、この剣に乗せて、お前たちにぶつける!それで、俺の旅も、終わりにしよう!」
ロランが、最後の突撃を敢行する。
彼の全身全霊を込めた、神聖なる一撃。
それに対し、エリアナは、武器を構えるでもなく、ただ、静かに、自分の右腕を胸の前に掲げた。
それは、攻撃でも、防御でもない。
ただ、自分たちの絆の証を、彼に示すための、祈りのような姿勢だった。
『――受け止めよう、ロラン。お前の、魂の全てを』