第二十三話 信仰の力、歪んだ愛
ザラキエルに操られた信者たちが、生気のない瞳で、じりじりと俺たちに迫ってくる。
彼らの身体からは、黒いオーラが立ち上っていた。それは、ザラキエルが持つ髑髏の杖の力によって、彼らの生命力と信仰心が、無理矢理に魔力へと変換されたものだった。
「こいつら、正気じゃねえ…!完全に洗脳されてやがる!」
ジンが、拘束された身体をもがきながら叫ぶ。
ザラキエルは、高みの見物を決め込み、愉しげにその光景を眺めていた。
「さあ、どうしました、ヴォイド様?あなたの信徒たちが、あなたに触れたがっておりますぞ?その肉体を、その魂を、我らと一つにしようと、こうして手を伸ばしている!」
信者の一人が、エリアナに掴みかかろうとする。
『…エリアナ!』
「うん!」
俺たちの魂が共鳴する。右腕の『魂樹の聖紋』が、眩い光を放った。
その光は、拘束の魔法陣を、いとも簡単に焼き切る。
自由になったエリアナは、迫りくる信者の腕を掴むと、そのまま背負い投げるように、地面に叩きつけた。
エルフの里で魂の調律を受けて以来、俺の力がエリアナの身体能力そのものを底上げしており、彼女の動きは、もはや常人のそれではない。
「ほう、少しは動けるようになりましたか。だが、この数を、相手にできますかな?」
ザラキエルが鼻で笑う。
信者たちは、痛みを感じないのか、倒されても倒されても、ゾンビのように立ち上がり、俺たちに襲いかかってくる。
『――“魂樹の守護”!』
エリアナが右腕を地面に叩きつけると、紋様から、光る樹木の根のようなものが伸び、周囲の信者たちを絡め取り、動きを封じた。
だが、数が多すぎる。次から次へと、新たな信者が襲いかかってくる。
『…キリがないな。本体を叩く!』
俺は、ザラキエルを睨みつけた。
エリアナは、信者たちの間を駆け抜け、ザラキエルへと一直線に向かう。ジンも、ナイフを手に、彼女の背後を援護する。
「愚かな!」
ザラキエルが杖を振るうと、彼の前に、闇の障壁が出現した。
エリアナは、構わず右腕を障壁に叩きつける。
『――“破邪の光拳”!』
魂樹の聖紋から放たれた、聖なる光をまとった拳が、闇の障壁をガラスのように粉砕した。
「なっ…!?」
ザラキエルが、初めて驚愕の表情を見せた。
「…その力…聖なる光…!?ありえん!ヴォイド・クロウ様は、混沌の邪神のはず!なぜ、そのような、神々の真似事のような力を!」
『言ったはずだ。俺は、もうかつての俺ではないと』
俺は、エリアナの声を通して、宣言する。
『俺は、ヴォイド。エリアナと共に生きる者だ!』
「…黙れ、黙れ、黙れぇぇぇっ!」
ザラキエルが、ヒステリックに叫んだ。
「おのれ、器め!貴様が、我らが偉大なる主を、誑かしたのだ!その穢れた魂が、主を汚したのだ!」
彼の憎悪は、今や、エリアナ一人に向けられていた。
「許さん…!主を惑わす、魔女め!我が身の全てを捧げて、貴様を滅し、主を、本来の御姿にお戻しする!」
ザラキエルは、自らの胸に、髑髏の杖の先端を突き立てた。
「ぐ…あああああっ!」
彼の身体から、膨大な量の生命力が吸い上げられ、杖へと注ぎ込まれていく。
杖に埋め込まれた髑髏の目が、真紅に輝き、その口から、おぞましいほどの闇のエネルギーが溢れ出した。
「喰らえ、魔女よ!これぞ、我が信仰の全て!我が愛の証!“深淵なる主への殉教”!!」
杖から放たれたのは、もはやただの闇ではない。
信仰と、狂気と、歪んだ愛が混じり合った、全てを飲み込み、無に還す、混沌の奔流だった。
それは、かつての俺、邪神ヴォイド・クロウの力に、極めて近い、危険な力。
ジンが、エリアナを庇うように、前に飛び出した。
「エリアナちゃん、伏せろ!」
だが、間に合わない。
混沌の奔流が、俺たち三人を、まとめて飲み込もうとしていた。
その絶体絶命の瞬間。
エリアナは、恐怖に目を閉じるのではなく、逆にその瞳をカッと見開いた。
そして、彼女は俺に頼るのではなく、自らの意志で叫んだ。
「――私から、ヴォイドを、奪わないで!!」
彼女の魂からの、純粋な叫び。
それが、引き金だった。
エリアナの魂と、俺の魂。そして、彼女が持つ『神光の涙』。
三つの力が、彼女の叫びに呼応し、奇跡的な共鳴を引き起こした。
エリアナの身体が、黄金の光に包まれる。
それは、闇を祓う、慈愛に満ちた、絶対的な聖なる光。
神の血を引く者が見せる、真の覚醒の光だった。