第二十二話 地下遺跡の狂信者
王都の地下に広がる古代遺跡は、まるで巨大な蟻の巣だった。
湿った空気、闇に響く水滴の音、そして、そこかしこに刻まれた、解読不能な古代文字。
それは、今の文明よりもさらに前に、この地に存在したという『第一文明』の遺産だった。
「…気味が悪い場所だな」
ジンが、魔導ランプを掲げながら、慎重に進む。
『…ああ。だが、ここには、強大な魔力が満ちている。始まりの祭壇へ繋がっているというのも、頷ける』
俺は、遺跡の壁を流れる、膨大な地脈のエネルギーを感じ取っていた。
しばらく進んだ、その時だった。
通路の奥から、複数の松明の光と、話し声が聞こえてきた。
俺たちは、咄嗟に岩陰に身を隠す。
姿を現したのは、黒いフード付きのローブをまとった、五人の男たち。
『深淵の探求者』の信者たちだった。
「…例の『器』は、まだ見つからぬのか?」
「ああ。だが、大司教様のお告げによれば、近々、我らが主ヴォイド・クロウ様は、自らこの聖地へとお戻りになるそうだ」
「おお!ついに、我らが悲願、混沌の時代の幕開けが!」
彼らは、俺たちが近くにいるとは夢にも思わず、そんな会話を交わしながら通り過ぎていく。
(…大司教…?奴らのリーダーか)
俺たちは、彼らが通り過ぎるのを待ち、再び大神殿の方向へと進み始めた。
遺跡は、複雑に入り組んでいた。
そこかしこに、古代の罠が仕掛けられており、ジンがその知識を総動員して、それらを解除していく。
「…やれやれ、一歩間違えれば、ミンチだぜ」
ジンが、冷や汗を拭いながら、床から飛び出す槍の罠を解除した。
そして、俺たちは、ついに遺跡の中心部にある、広大な空洞へとたどり着いた。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
空洞の中央には、邪神である俺を模した、巨大で、おぞましい偶像が建てられ、その周りには、何十人もの黒装束の信者たちが集い、狂信的な祈りを捧げていたのだ。
彼らのアジトだ。
そして、その偶像の前で、ひときわ豪華な、紫色のローブをまとった一人の男が、信者たちに向かって演説をしていた。
痩せこけた顔、ぎらぎらと光る眼、そして、その手に持った、禍々しい髑髏の杖。
彼こそが、『深淵の探求者』を束ねる、大司教ザラキエル。
「聞け、我が同胞たちよ!神々が支配する、偽りの平和は終わる!我らが真の主、混沌の邪神ヴォイド・クロウ様が、この地に戻られ、世界を原初の、真の姿へと還してくださるのだ!」
ザラキエルの扇動に、信者たちが、うおおお!と熱狂の声を上げる。
「そのためには、邪神様の力を完全に解放するための『器』が必要不可欠!銀髪の少女、エリアナ!彼女の魂を、偉大なる主への、最後の生贄として捧げるのだ!」
その言葉に、俺の魂は、静かな怒りで燃え上がった。
エリアナは、生贄などではない。俺の、半身だ。
『…許さん…』
俺の心の声に、エリアナも、ぎゅっと拳を握りしめた。
俺たちが、どうやってここを切り抜けるか、策を練っていたその時。
ザラキエルが、ふと、俺たちが隠れている方向を向き、にやりと、歪んだ笑みを浮かべた。
「…そして、噂をすれば、なんとやら。主役が、自ら舞台に上がってくださったようだ」
しまった、気づかれた!?
次の瞬間、ザラキエルが髑髏の杖を掲げると、俺たちの足元の地面に、黒い魔法陣が浮かび上がり、俺たちの身体を拘束した。
「なっ…!」
ジンが、驚きの声を上げる。
俺たちは、魔法陣の力で、空洞の中央へと、強制的に引きずり出された。
何十人もの邪教徒たちが、ぎょっとした顔で俺たちを見て、そして、エリアナの姿と、その右腕の紋様を認めると、一斉に熱狂の渦に包まれた。
「おお!器だ!器の少女が、お戻りになられた!」
「ヴォイド・クロウ様!おかえりなさいませ!」
ザラキエルは、満足げに俺たちを見下ろした。
「お待ちしておりましたよ、ヴォイド・クロウ様。そして、我らが聖女、エリアナ殿」
彼は、エリアナに向かって、芝居がかった仕草で、恭しく頭を下げた。
「さあ、こちらへ。あなた様を、主への生贄として、丁重に祭壇へとお連れいたしましょう」
『…断る』
俺は、エリアナの口を通して、冷たく言い放った。
『貴様らのような、狂信者に、エリアナを渡すものか。それに、俺は、もうかつての邪神ではない』
俺の言葉に、ザラキエルは、きょとんとした顔をし、やがて、腹を抱えて笑い出した。
「ククク…アハハハハ!何を仰るのですか、ヴォイド・クロウ様!人間ごときに絆されて、腑抜けてしまわれたか!それとも、器の少女の魂に、意識を乗っ取られてしまわれたか!」
彼は、杖を俺たちに向けた。
「…どちらにせよ、結構。ならば、力づくで、あなたの目を覚まさせてしんぜよう。偉大なる混沌の邪神としての、あなたの真の姿を!」
ザラキエルが杖を振るうと、偶像の目が、不気味な赤い光を放ち始めた。
そして、周囲の信者たちが、まるで操り人形のように、ぎこちない動きで立ち上がり、その狂気に満ちた目を、一斉に俺たちへと向けた。
「さあ、我が主よ!我が同胞たちの、信仰の力!その身で、とくと味わうがいい!」