第二十一話 儀式の地、始まりの祭壇
エルフの里を後にしてから、俺たちの旅は順調そのものだった。
魂が調和したことで、俺とエリアナは、もはや意識して力を合わせる必要すらなかった。彼女が危機を感じれば、俺の力がごく自然に、最適な形で顕現する。それはまるで、呼吸をするのと同じくらい、当たり前のことになっていた。
右腕の、樹木のような美しい紋様『魂樹の聖紋』は、普段は静かにしているが、俺たちの意志に応えて、優しく、だが力強い光を放つ。
「しかし、次の目的地はまた厄介な場所だな」
馬車の御者台で、ジンが地図をつつきながら言った。
ティターニアから受け取った羊皮紙に記されていた、魂の融合儀式を行うべき場所。それは『始まりの祭壇』と呼ばれていた。
『始まりの祭壇…。神々がこの世界を創造した際に、最初に足を下ろしたと言われる場所か』
俺は、エリアナの心の中で呟いた。邪神ヴォイド・クロウだった頃の、膨大な知識がそう告げている。
「その通り。世界のへそとも呼ばれる、とんでもないパワースポットだ。だが、今は聖光教会の総本山、大神殿の、そのまた最深部に位置する聖域中の聖域。正面から行けば、アリ一匹通さねえぜ」
大神殿。それは、王都ヴェリタスに聳え立っていた、あの壮麗な建物だ。
つまり、俺たちは、再びあの王都に戻らねばならないということになる。それも、最も警戒が厳しいであろう、敵の本拠地のど真ん中へ。
「王都には、例の『神の代行者』がうじゃうじゃしてるだろうし、聖騎士団も待ち構えてる。今度こそ、逃げ場はねえぞ」
ジンの言葉に、エリアナはごくりと喉を鳴らした。だが、その瞳に怯えはない。
「…大丈夫。今度の私たちは、負けないよ。ね、ヴォイド」
『ああ。神々の庭で、神々への反逆を成し遂げる。これほど、愉快なことはないだろう?』
俺たちは、顔を見合わせて(心の中で)、不敵に笑った。
王都への帰還。
それは、危険な賭けであると同時に、俺たちの旅の因縁に、決着をつけるための舞台でもあった。
俺たちは、再び王都ヴェリタスへと向かうことを決めた。
数週間後、俺たちは再び、あの巨大な王都の城壁の前に立っていた。
以前とは違い、城壁の警備は数倍にも膨れ上がっている。俺たちの手配書は、今や国中の誰もが知るものとなっていた。
「正面突破は自殺行為。裏口も、もう塞がれてるだろうな」
ジンが、腕を組んで唸る。
「…一つだけ、手がある。だが、危険な賭けだ」
『聞こう』
「王都の地下には、古代に作られた巨大な地下遺跡が広がってる。今の王都は、その遺跡の上に建てられたようなもんだ。その遺跡を使えば、大神殿の真下まで、誰にも気づかれずに到達できるかもしれん」
『…いいルートじゃないか。何が危険なんだ?』
「その遺跡は、危険すぎて、教会でさえ完全に封鎖してる場所なんだ。古代のトラップは生きてるし、何より…」
ジンは、声を潜めて言った。
「…『深淵の探求者』、あの邪教徒どもが、アジトにしてるって噂がある」
邪教徒。俺を崇拝し、エリアナをその手に収めようとする、狂信者の集団。
聖騎士団とは、また別の意味で、最も厄介な敵。
「どうする?奴らと鉢合わせるリスクを冒してでも、地下から行くか?それとも、別の手を考えるか?」
エリアナは、俺に問いかけるように、自分の右腕を見つめた。
俺の答えは、決まっている。
『行くぞ、地下から』
俺は、力強く言った。
『聖騎士団も、邪教徒も、どちらも、俺たちが乗り越えなければならない壁だ。ならば、逃げる必要はない。俺たちの旅の、最後の障害として、まとめて相手をしてやるまでだ』
「…うん!」
エリアナも、力強く頷いた。
ジンは、やれやれと肩をすくめたが、その口元には、楽しそうな笑みが浮かんでいた。
「…あんたたちといると、退屈しねえな。よし、決まりだ!王都の地下迷宮探検としゃれこもうぜ!」
こうして、俺たちは、王都の片隅にある、封鎖された遺跡の入口へと向かった。
これから始まる最後の戦いを前に、俺たちの心は、不思議なほどに静かで、そして燃えていた。
エリアナと、二人で生きる未来のために。