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第十六話 影山蓮の覚醒

絶望的な状況。

エリアナの身体は、聖なる杭によって、ピクリとも動かない。

神の代行者が持つ注射器の針が、ゆっくりとエリアナの首筋に近づいてくる。


『――やめろぉぉぉっ!』


俺は、意識の中で絶叫した。だが、声は届かない。力が、出ない。

聖釘の檻は、俺の力の源である影そのものを封じている。光闇の力も、魔力中和結晶の影響で、うまく練り上げることができない。

打つ手が、ない。


エリアナの碧い瞳に、恐怖と、そして諦めが浮かぶ。

(…ヴォイド…ごめんね…)

彼女の心からの、か細い声が聞こえた。

(…私、もう、だめみたい…)


――ふざけるな。

――ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなッ!


俺の意識の最深部で、何かが、切れた。

それは、邪神ヴォイド・クロウとしてのプライドでも、神々への反逆心でもなかった。

それは、平凡な高校生だった、影山蓮(かげやま れん)としての、たった一つの、譲れない想いだった。


(この子を…エリアナを、死なせてたまるか!)


俺は、邪神としての力を、一度、完全に放棄した。

混沌の力も、深淵の叡智も、全てを意識の外へと追いやる。

そして、ただ一つのことに、意識の全てを集中させた。


――俺は、影山蓮だ。

――トラックに轢かれて死んだ、ただの日本人だ。

――俺には、邪神のような、すごい力はない。

――だけど、俺には、知識がある。

――誰も知らない、この世界の誰もが思いつきもしない、『異世界』の知識が!


俺は、エリアナの心に、力の限り叫んだ。

『エリアナ!俺の言う通りにしろ!これは賭けだ!だが、これしか道はない!』


「…ヴォイド…?」

俺のいつもと違う、切羽詰まった声に、エリアナが戸惑う。

『いいから、やれ!お前の体の中の、血液を操作するんだ!』

「け、血液…?」

『そうだ!お前の身体の中には、神の血が流れてる!聖なるマナを帯びた血が!その血を、心臓から、右腕の聖印へと、全力で送り込め!体中の血液を、右腕に集中させるイメージだ!』


それは、この世界の魔術理論には存在しない、無茶苦茶な命令だった。

人体の構造、血流のコントロール。そんな発想は、この世界の誰にもない。

だが、エリアナは、俺の必死の叫びを信じた。


「…う…うううううっ!」

エリアナは、歯を食いしばり、俺の言葉通りに、自らの血流を意識でコントロールしようと試みた。

奇跡が起きた。

彼女の身体に流れる神の血が、その意志に応えたのだ。

エリアナの顔が蒼白になっていく。全身の血液が、右腕へと逆流していくのだから、当然だ。

だが、その代償として、彼女の右腕が、内側から、ありえないほどの光を放ち始めた。

聖印に、大量の聖なるマナが、強制的に供給されたのだ。


「な…!?何を…!」

神の代行者たちが、その異常な光景に目を見開く。


『――今だ!その聖なるマナを、俺の闇の力と混ぜるな!光は光のまま、闇は闇のまま、同時に、だが別々に、暴発させろ!』

俺は、自らの混沌の闇の力も、右腕に集中させる。

光と闇が、混ざり合うことなく、隣り合った状態で、臨界点を超えていく。


それは、俺の現代知識――物理学における『対消滅』の発想を応用したものだった。

正のエネルギーと、負のエネルギー。

光と闇。聖と魔。

二つの対極の力を、混ぜ合わせるのではなく、ぶつける。

その結果、何が起こるか。


『――これが、俺の、俺たちの、最後の切り札だッ!』

『――“対極崩界(アンチマターコラプス)”ッ!!』


エリアナの右腕から、光でも闇でもない、純粋な『衝撃波』が、全方位に炸裂した。あらゆる存在が持つプラスとマイナスの概念そのものを打ち消し合い、虚無へと還す、音もなく、ただ空間そのものを揺るがし、歪ませる、無色の爆発だった。

聖釘の檻を構成していた光の杭は、衝撃波に触れた瞬間、その構造を維持できずに消滅した。

代行者たちが持っていた魔力中和結晶も、ガラスのように砕け散る。

三人の代行者たちは、見えない壁に叩きつけられたかのように、部屋の壁まで吹き飛ばされ、床に崩れ落ちた。


「……が…はっ……」

リーダー格の女は、信じられないという目で、こちらを見ている。

「…ありえない…聖と魔を、融合させずに、対消滅させるなど…そんな理論、世界のどこにも…」


俺たちの身体も、無事ではなかった。

エリアナは、急激な血流の操作と、力の暴発によって、その場で意識を失い、崩れ落ちた。

俺の意識もまた、力の反動で、明滅しかけていた。


だが、俺たちは、勝った。

絶望的な状況を、覆したのだ。


俺は、薄れゆく意識の中、床に倒れるエリアナの、穏やかな寝顔を見た。

そして、悟った。


俺は、邪神ヴォイド・クロウではない。

俺は、彼女の腕に宿る、影山蓮だ。

彼女を守るためなら、邪神の力だろうが、異世界の知識だろうが、なんだって使ってやる。


この日、この瞬間。

邪神に転生した男は、初めて、本当の意味で『覚醒』したのかもしれない。

一人の少女を守る、ただの男として。

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