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第十一話 東へ、嘆きの谷へ

王都を離れた俺たちの旅は、新たな目的を得て、その様相を変えていた。

もはや、ただ追っ手から逃げるだけの逃避行ではない。神々が定めた運命に反逆し、二人で生きる未来を掴み取るための、攻めの旅路だ。


「しかし、『嘆きの谷』ねえ。随分と物騒な名前の場所じゃないか」

移動中の馬車(ジンが裏ルートで手に入れた、目立たない幌馬車だ)の御者台で、ジンがぼやいた。

「古い伝承じゃ、神々と竜族の最終決戦が行われた場所で、敗れた竜王の嘆きが谷全体を呪っているとか。強力な瘴気が渦巻いてて、生半可な冒険者は足を踏み入れただけで正気を失うって話だぜ」


『フン、竜王の嘆きだと?我が深淵の混沌に比べれば、赤子の夜泣きに等しいわ。瘴気など、我が闇の前では心地よき揺り籠に過ぎん』

俺は馬車の荷台で横になるエリアナの意識の中で、尊大に嘯く。

エリアナは、そんな俺の言葉に、くすくすと笑った。

「ヴォイドは、いつも頼もしいね」


彼女の右腕に輝く、光を帯びた紋様――『共鳴の聖印』とでも名付けようか。この聖印は、俺たちの絆の証であると同時に、新たな力の源でもあった。

俺の闇の力と、彼女自身の内に眠っていた聖なる力(神の血の名残だろう)が、この紋様の中で混じり合い、かつてない可能性を生み出している。


旅の途中、何度か賞金稼ぎや、小規模な騎士の斥候隊に遭遇したが、結果は以前とは比べ物にならなかった。


「出やがったぞ!災厄の器だ!」

山道で遭遇した五人の騎士が、剣を抜いて突撃してくる。

エリアナはもはや怯えない。彼女は静かに右腕を掲げ、俺たちの魂を共鳴させた。

「――ヴォイド、力を貸して」

『応とも、我が光よ!』


聖印から放たれたのは、もはやただの影ではない。

それは、闇と光が螺旋を描きながら絡み合った、美しいが故に禍々しい『光闇の茨』だった。


『――ひれ伏せ、愚者ども!これぞ我らが絆の結晶!“聖魔双縛の荊棘(セントデモンソーン)”!』


光闇の茨は、騎士たちに絡みつくと、闇の力が彼らの精神に恐怖を植え付け、光の力が彼らの肉体から力を奪い、一時的な麻痺状態に陥らせた。物理的な拘束、精神攻撃、そして聖なる力の封印。三つの効果を併せ持つ、まさしく反則級の技だ。


「ぐ…体が、動かん…!」「な、なんだこの光と闇は…!」

騎士たちは為すすべもなく、その場に崩れ落ちる。

俺たちは、もはや彼らにとどめを刺す必要すらなかった。無力化された彼らをその場に残し、俺たちは静かにその場を立ち去る。


「いやはや、とんでもない力だな。聖も魔も、両方使うなんて聞いたことがねえ」

ジンが、感心とも呆れともつかない声で言った。

「これなら、嘆きの谷の瘴気とやらも、なんとかなるかもしれねえな」


東へ向かうにつれ、風景は徐々にその様相を変えていった。

豊かな緑は姿を消し、大地は灰色を帯びていく。空には常に不吉な色の雲が垂れ込め、空気は重く、よどんでいた。

そして、数週間の旅の果て、俺たちはついに目的の地にたどり着いた。


眼前に広がるのは、大地が巨大な爪で引き裂かれたかのような、途方もなく深い大渓谷。

谷底からは、紫色の瘴気が間欠泉のように噴き出し、空へと立ち上っている。それは、大地そのものが発する、苦悶の吐息のようだった。

植物は枯れ果て、奇妙な形にねじ曲がった岩々が、まるで墓標のように林立している。

ここが、禁足地『嘆きの谷』。


「…う…」

エリアナが、瘴気に当てられて顔をしかめた。胸を押さえ、呼吸が苦しそうだ。

『エリアナ、我が闇に意識を集中しろ。瘴気を中和する』

俺は自らの闇の力を広げ、彼女の周囲に薄いバリアを張る。エリアナの呼吸はいくらか楽になったが、根本的な解決にはならない。


「…すごい瘴気だ。こりゃ、ただ事じゃねえ」

ジンも、顔を布で覆いながら、警戒を露わにした。

「さて、お目当ての『神光の涙』だが…こんなだだっ広い谷のどこにあるんだか」


『…感じる。谷の中心…最も瘴気が濃い場所から、微かだが、我が力とは対極にある、強大な聖なる力を感じる』

俺の魂が、聖具の存在を感知していた。それは、闇に灯る一筋の灯台の光のように、俺たちを導いていた。


『行くぞ。目指すは、嘆きの中心。竜王が最期を迎えたと言われる場所だ』

俺たちは意を決し、呪われた谷へと、その第一歩を踏み出した。

一歩足を踏み入れた瞬間、谷全体が、まるで俺たちの侵入を拒むかのように、不気味に震えた気がした。

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