第十話 反逆の旅立ち
夜が明け、王都に朝の光が差し込み始めた頃、俺たちは旅立ちの準備を整えていた。
もはや、王都に留まる理由はない。
「で、これからどうすんだ?エリアナちゃんが死なずに、邪神様の封印を解くなんて、そんな都合のいい方法、あるのかよ?」
ジンが、リンゴをかじりながら尋ねる。
『方法は、ある』
俺は断言した。
『古文書には、こうもあった。「聖具は邪神の力を中和する」と。ならば、聖具の力で我が力を完全に消し去るのではなく、エリアナの魂に害が及ばぬレベルまで、極限にまで弱めることができればいい。そして、その弱まった我が魂と、エリアナの魂を、完全に融合させるのだ』
「融合…?」
『そうだ。もはや、引き剥がすのではなく、二人で一つの、新たな生命体へと進化する。神々が定めた『邪神』と『器』という概念を超えた、全く新しい存在へと。それこそが、神々の法則を覆す、我らの反逆だ』
それは、前例のない、あまりにも無謀な賭けだった。だが、俺たちの心に迷いはなかった。
「すごい…!それなら、私、死ななくて済むの!?ヴォイドと一緒にいられる!?」
『ああ。我らが共に在る、唯一の道だ』
「なるほどねぇ。面白くなってきたじゃねえか!」
ジンはリンゴの芯を放り投げ、決意の顔で言った。
「その旅、最後まで付き合わせてもらうぜ。神様に喧嘩を売るなんて大仕事、金貨百枚よりよっぽど価値がある!」
こうして、胡散臭い情報屋は、真の仲間となった。
俺たちの次なる目的地は、古文書の断片的な記述から推測した、聖具『神光の涙』が眠る場所。
遥か東の果て、かつて神々と竜族が天変地異の戦いを繰り広げたという禁足地――『嘆きの谷』。
王都の城壁の上から、ロランが東門から出ていく三人の小さな姿を見つめていた。彼の隣には、禁書庫の番人、エキドナがいつの間にか立っている。
「…行かせてよいのですかな?彼らは、世界の理を覆しかねない存在ですよ」
「…理を覆すのが、善か悪か。それは、神ですら決められぬことやもしれん」
エキドナは、遠い目をして呟いた。
「ロランよ。お主の信じる『正義』とは、一体何じゃ?神の言葉か?教会の教義か?それとも…お主自身の魂の叫びか?」
ロランは、エキドナの問いに答えることができず、ただ、朝日の中へ消えていく三人の背中を見つめ続けるしかなかった。
新たな地平線に向かって、俺たちは歩き出す。
エリアナは、光を帯びた右腕を誇らしげに掲げ、隣を歩く俺に微笑みかけた。
「行こう、ヴォイド」
『ああ。』
俺は、彼女の心に力強く応えた。
『見ているがいい、神よ、そして世界よ!この邪神ヴォイド・クロウと、我が愛しき光の器エリアナが織りなす、反逆の黙示録は、今、真の幕を開けたのだ!我らが進むこの道こそが、新たな創世記となるのだからな!』
朝日を背に、一人の邪神と一人の少女、そして一人の情報屋の、世界を変える旅が、今、本格的に始まった。