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ドラゴンだって…?









 

 神作が考えてくれた“甘い蜜を吸おう作戦”のおかげで、巨体モンスターの場所へ辿り着く頃には、私のレベルは3にまで上がっていた。

 ステータスの上昇はそこまで大きなものではなかったけど、確実に強くはなってきていて、たとえ強敵相手であっても一発くらいは耐えれるだろうということで。


「わお……大きいくまさん…」


 さっそく、巨体モンスターに挑むことにした。


 モンスターの正体は、体長3mはある巨大な熊で、現世との違いは額に鋭い角が生えていることくらいだった。

 私達の姿を捉えると同時に、両手を広げて放たれた威嚇の咆哮は凄まじく大きな音で、ビリついた空気が皮膚の上を通る。


「こ、こんなの倒せるの…?」

「やってみないと分かりません。李瑠様は隙をついて撫でてください、貴重な経験値です」

「わ、わかった」


 撫でてと言われても、目の前に立っているだけでも威圧感が凄くて動けないほどだというのに、とてもじゃないけど触れる気がしない。

 それでも、やるしかない。

 触るだけじゃなく、少しでも役に立てるよう短剣を構え持つ。その隣で、神作はゆっくりと鞘から鉄の剣を抜いた。


「あ。リュック下ろしてもいいですか」

「モンスター相手に許可とっても意味ないと思うけど…」

「これから倒すんです、せめてもの礼儀です」


 彼女なりのこだわりがあるらしく、手を前に立てて了承を得た後で背負っていたリュックを地面に置く。熊もどうぞどうぞとお辞儀して、おとなしく待ってくれていた。

 気を取り直して、いよいよ戦闘開始である。

 まず動いたのは神作で、メイド服だということを忘れさせるほど機敏な助走の後、地面を思いきり蹴り上げて高く跳躍した。

 落ちる勢いを上乗せして振り下ろされた剣の刃は見事に胸の辺りを直撃して、ズブブと毛の奥にある皮膚に大きく裂いた。

 悶えたモンスターはまだ空中にいた神作を殴り飛ばし、再び咆哮を上げながら暴れ回る。

 そのまま、私の方へと一歩、また一歩と踏み込んできた。


「わ、わ……わ、どうしよう!」

「っ……短剣を前に!」


 地面に着地した神作が、起きながら叫ぶ。

 訳も分からず言われるがまま、突進してくる相手に向かって咄嗟に目を閉じながら短剣を前に突き出した。

 ゴツン、と手が痺れるくらい強く硬い感覚が伝わって、その後で不気味な静寂が訪れる。

 おそるおそる目を開けると、大熊の牙を剥いた顔がすぐ前にあって「ひっ…」と勝手に喉から声が漏れた。短剣は顎の下に深く刺さっていて、なんともグロテスクに血がボタボタ垂れていた。 

 どうしたらいいか戸惑っていたら、数秒後にはシュウウと煙をまとって消えていく。手についた血も一緒に消えた。

 熊のいた場所にはpt数と、これまで見たことのない銀色のコインが数枚落ちる。


「お怪我はありませんか」

「う、うん…」


 コインをさり気なく拾ってポケットにしまった神作は、心配の文字を貼り付けて、短剣を握ったままの震える私の手を包み込んだ。

 皮膚や脂肪を裂いて沈み込んでいく肉感が頭を離れなくて、倒した喜びよりも生き物を殺してしまったんだという恐怖心が心を覆い尽くす。


「……よく頑張りましたね、李瑠様」


 私の代わりに短剣を鞘に納めてくれた神作の手が腰に回って、そっと抱き寄せられる。

 温かい生身の体温を全身で感じてやっと、体の力が抜けて正常な呼吸を取り戻した。


「こ、怖かった…」

「戻って、宿で休みましょう。出発は明日にしても構いませんから」


 肩を抱かれた状態で、踵を返して歩く。途中、神作はリュックサックを忘れずに拾っていた。


「あの大熊だけでなく、村周辺のモンスターは全体的にレベルが低いようですね。村の住人が平和ボケしている様子からも、ここら一帯には強いモンスターが現れないのかもしれません。レベル10まで上げる必要はなかったかな…」

 

 帰り道、大熊があっさり倒せたことについて神作なりの見解を教えてくれた。話すことで少しでも、怯えた私の気を逸らそうと気遣ってくれたのもあると思う。

 私は相槌を適度に打っては話を聞いて、村に辿り着く直前。


 ブオン、と。


 唐突に強風が吹いて、何かが前を横切ったと思ったら、前を歩いていた神作の体が真横へ吹き飛んだ。


「え…?」


 風は渦を巻いて小さな竜巻をいくつも生み出す。

 遠くの地面に投げ出された神作は、血を吐きながら何度も咳き込んで、立ち上がれないのかお腹の辺りを押さえて呻いていた。

 あまりに一瞬の出来事に頭を白くした私の周りが、黒い影に覆われる。

 反射的に上を見れば、鱗だらけの翼が羽ばたいて、上空で鳥のような何かが旋回するのが視界に映った。


「ドラ、ゴン…?」


 見たことがある。画面や、本の中で。


 現実で目の当たりにすると、その迫力に息を呑んで固まることしかできなくて、ただただドラゴンが着地するのを見守る。

 風を全身にまとった体躯は紅く、日光を反射させて照り輝いているのが、まるで炎が燃え盛っているかのような錯覚を与えた。

 金色の鋭い瞳と視線が交差して、獲物を捉えた眼差しに心の奥がざわついて恐怖した。


 あ。死ぬ。


「李瑠様、突っ立ってないでお逃げください!」


 声を掛けられてようやく体がビクついて、動けるようになってから逃げるよりも先に神作の元へ走った。


「神作…!大丈夫?」

「っ、私は大丈夫ですから、早く逃げ…」


 どうして神作が言葉を止めたのか、理由はすぐに判明する。

 みるみるうちに見開かれていく瞳には焦燥が混じって、苦痛に歪んだ彼女の、血にまみれた手が伸びてきた。

 背後に気配を感じて振り向いた頃にはもう遅く、


「李瑠様!!!」


 トン、と後ろから誰かに押された時と変わらない小さな衝撃に貫かれた。


「……え?」


 体の硬直が抜けて項垂れた視界に映ったのは赤黒く染まった爪か何かで、胸の辺りから飛び出たそれを信じられない気持ちでペタペタと触る。

 熱い。

 声を出したいのに、喉から出てくるのは血ばかりで、口の端から漏れていっては地面に滴り落ちるのを、まだ追いついてない頭で眺めた。

 燃えるような熱は胸から全身に広がって、次第に今度は手先から温度は失われていった。


「く、そ……!どうしてこんなところにレベルの高いモンスターが…」


 腹部から血を流しながらも立ち上がった神作は余裕のない悪態をついて、爪を抜かれ倒れ込んだ私の体を支えた。


「李瑠様……李瑠様!しっかりしてください……くそ、この村周辺はドラゴンの生息地じゃないはずなのに…」


 神作の腕の中、ぼやけていく視界を埋めたのは今にも泣きそうな顔と、そのすぐ後ろまで迫ったドラゴンの足の裏で。


「かみ、さ…」

 

 ぐしゃり、と意識は潰れて消えた。



 

 


 



 

 

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