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馬車に乗れない…!?









 目が覚めて一番に見えたのは、驚くほど近い距離にある神作の寝顔だった。

 あまりの近さに驚いて咄嗟に顔を後ろへ引いたものの、これはキスできるチャンスなのでは…?と思い、すぐに顔を近付けてみた。

 せっかくだから寝顔を堪能してから……そう考えてしばらく無言で観察を始める。

 結んでいた髪は寝ている内に解けてしまったのか、髪を下ろしている珍しい姿を目に焼き付けて、頬を触ってみたりもした。……起きる気配はない。


「かわいい…」


 起きている時よりも少し幼く見える表情が気持ちを昂ぶらせて、もう我慢できないからしちゃおうと綺麗な唇に向かって近付いた。

 と、そこで神作の目がパッチリと開いて、肩を掴まれたと思ったら勢いよく後ろへ押し倒される。

 私の上に跨った彼女はどこから取り出したのか、逆手に持ったナイフを顎の下に突きつけた辺りで、ピタリと体の動きを止めた。


「なんだ……李瑠様でしたか。おはようございます」

「び、びっくりした……いきなりなに?」

「てっきり不審者かと。間違えました」

「仮にも元主に向かって不審者って。ひどくない?」

「寝込みを襲おうとしていたようですから、実質的には合っていますね」

「……なんのことかしら」


 顔を逸らしてとぼけようとした私をじっと見下ろして睨んできた視線には、愛想笑いを返す。

 文句ありげな雰囲気は出したものの、ナイフを引っ込めて諦めてくれた神作は私の上から下りて、おもむろに服を脱いだ。


「ちょ……な、なんで脱いでんの!」

「なんでって……着替えるためですが」

「それは分かってるけど、神作には恥じらいってものがないの?」

「私の体は完璧に鍛え上げられていますから。誰に見られても恥ずかしくありません」

「そういうことじゃないんだけど…」


 どうやら自分の体によほど自信があるらしい神作はドヤ顔を向けてきたけど、完全に乙女心を理解していない事だけは伝わった。


「そういえばここ、シャワールームみたいなのあったよ。入ってくれば?」

「本当ですか、いってきます」


 俊敏な動きで部屋を出て行った事から、よほど汗を流したかったと伺える。

 待ってる間に私も顔を洗ったり着替えたりと支度を進めて、戻ってきたロングスカート調のメイド服姿の神作に驚く。


「その服……どうしたの?」

「目覚めた時に着ていたものを洗って、持ってきていたんです。やはり、こっちの方が落ち着きますね」


 見慣れた格好だから別にいいけど、あんなに動きづらいのは嫌だって言ってたのに大丈夫なのかな。

 いつも通りポニーテールとスカートを揺らしながら歩く彼女は凛とした佇まいで、こうして見るとなんだか現世にいた頃を思い出す。

 私もせっかくだから、向こうにいた時によくやっていたツインテールを結ってもらって、ふたりで宿を出た。


「まずは詐欺八百屋に行きましょう。あのくそまずい万能薬は、効果だけは立派だったので揃えておきたいです。くそまずいですが」

「そんなに言うほどまずかったのね…」


 メイド服にリュックサックというチグハグな格好をした神作の後に続いて歩き、八百屋へと到着。

 そこで万能薬とキズ薬を3つずつ買って、次に向かったのは武器屋だ。

 武器屋には様々な形状の武器や鎧なんかが揃ってたけど、ここでも買えるものは決まっていて、壁に掛けられている物は文字通り飾りの役目しか果たしていなかった。

 売っていたのは鉄の剣、革の鎧、それからそれぞれ効果のついたブレスレットや指輪。種類はそんなに多くないものの、他にもいくつかあった。


「短剣と、それから……李瑠様には防御力が上がるこのブレスレットを買いましょう」

「お金足りる?」

「幸いこの村の物価は高くないようなので、いくら買っても余るくらいです。ご安心ください。スライムを殺しまくったかいがありますね、しばらくはお金に困ることはないでしょう」


 確かスライムを1体倒して銅コインが一枚だったから……あれが1ゼンニーだとしたら、この村に着いた時点で560ゼンニーは持ってたことになる。

 異世界に来ても神作のおかげでお金持ちな私達は、それからも必要な物を買い揃えていって、途中見かけたご飯屋に立ち寄った。

 名物だというスライム料理を食べながら、今後について軽く聞いてみる。ちなみにスライムは、普通においしかった。


「この後はどうするの?」

「ここに滞在している理由も特にありませんから、次の村……あるいは街へ移動する予定です。とにかく本を読んで情報収集がしたいため、大きな図書館などがある場所を目指したいのですが…」

「今回も歩き?」

「いえ。地図を見ると、ここからどの街に移動するとしてもかなり距離があるので、今回は馬車を使おうかと考えております」

「馬車…」

「あるかはまだ分かりませんが、物資が不足なく行き届いている様子を見るに、何かしらの移動手段はあるはずです」


 神作の目算通り、村の出口付近には馬小屋があって、馬車のすぐそばには男がひとり困り顔で立っていた。


「何か、お困りですか」

「大変なんだ!ホーキンズに続く道がモンスターに塞がれてしまって…」


 話しかけたら突然泣きつかれて、事情を聞いてみれば本来は洞窟の奥に潜んでいるはずの巨体モンスターが大きな都市に続く唯一の経路に立ち塞がっているんだとか。

 原因は不明で、こんなこと初めてだと男は混乱を隠しきれず騒いでいた。


「君達は旅人か?いつモンスターが村に下りてくるか分からない……お願いだ!退治してくれないか?」

「……どうする?神作」

「他の街に行けないのは困りますから、ここは引き受けましょう」


 ということで。


 モンスターがいるところまでは徒歩で行くことにして、村を出る前に改めて持ち物の整理やステータスの確認をしておく事にした。

 現時点でのレベルは、私が1、神作が10。ここで新たに判明したのは、神作のスキルについてである。


「神作はもうスキル持ってるの?」

「はい。植物鑑定士と速読があります」


 その名の通り植物の鑑定と調合が可能な“植物鑑定士”と、触れただけで本の中身が分かる“速読”のふたつが今の神作が持つスキルらしい。

 最初の小屋で食料確保のため周辺の植物を採取して調べたり、本を読み漁っているうちに自然と手に入ったんだとか。

 どちらも便利なものだけど、戦闘に使えるかどうかと聞かれたら……神作自身も微妙な反応をしていた。


「書き溜めた魔法陣もありますが、どれも戦闘用ではありません。これではあまりに心許ないので、向かう途中でもモンスターがいれば倒して、少しでもレベルを上げておきましょう。李瑠様にも一応、短剣を渡しておきます」


 渡された15cmほどの刃渡りの短剣は、持ってみると意外にもずっしりとした重さを感じた。

 これで生き物を刺すのかと思うと、少しゾッとする。神作は躊躇いもせず倒しまくってるけど、本来命を奪うというのは重い行為だ。

 果たして自分に出来るのか不安なまま、確認を終えた私達は一旦モンスター退治に行くため村を出た。

 

 整備された一本道をひたすら進んでいくこと数分。


「わ!びっくりした…」


 物陰から飛び出してきたのは、1匹の犬に似たモンスターだった。

 突然の事に驚いて肩を跳ねさせた私を庇うように神作が前へ一歩進んで立って、しばらく相対する。


「……攻撃してこないね」

「せっかくですから、李瑠様が倒してみますか?」

「え?」


 まるで子犬を捕まえるのと同じくらい簡単にモンスターの首根っこを掴んで、私の前まで連れてきた神作は「どうぞ」と一言。

 犬みたいなモンスターはジタバタと動いていて可哀想だったけど、造形のおかげか可愛く見えて、余計に短剣で刺すことに抵抗を覚えた。


「か、可哀想じゃない…?」

「倒さなければレベルは上がりません。いつまでも雑魚……レベル1のままではいられないでしょう?」

「そうだけど…」


 きゃうきゃうと鳴きながら神作の手から逃れようともがく姿はどう見ても子犬と変わらなくて、思わず助けようと手を伸ばしていた。


「とりあえず下ろし……いたっ」


 代わりに抱っこしようとした私の手を噛んだ瞬間、神作の目に殺意が宿ってナイフを首に突き立てる。

 喉を掻き切ると共にプシュンとモンスターは呆気なく消え、“5pt”と文字が浮かんだ後で二枚のコインが虚しい音を鳴らして落ちた。

 何食わぬ顔でコインを拾った神作は小袋にそれを詰めて、すぐ私の噛まれた手を持ち上げる。


「……怪我にはなっていませんね。HPはどうなっていますか?」


 なんでそんなにも普通に過ごせるのか怖くて、足が竦む。モンスターとはいえ、あんなにかわいい生き物を殺したっていうのに。


「ステータスを見せてください、李瑠様」

「あ……う、うん」


 なかなか動けずにいた私に僅かばかり呆れた声を出されたから、言われた通りステータスを開く。

 覗き込んだ神作は意外な顔をして、何やら顎に指を当て思案を始めた。


「HPはほとんど変動がありませんから大丈夫そうです。それに、倒さなくとも触れさえすれば経験値を得られるようですね。これはいい収穫ですよ」

「……どういうこと?」

「李瑠様にはモンスターに軽く触れてもらい、私がとどめを刺す。この方法で、李瑠様の手を汚さずレベル上げができそうです」


 そんな甘い汁を吸うだけ吸って生きるみたいなやり方、本当にいいんだろうか。

 悶々としながらも、情けないことに今の私には代案すら思い浮かばなくて、神作の提案に乗ることにした。いつまでもレベル1のままで、迷惑かけ続けるのも忍びない。


「神作は、モンスター倒すの嫌じゃないの?」

「まったく。李瑠様のためなら、モンスターでも人間でも喜んで殺しますよ」

「怖くない?」

「はい」


 私の質問に足を止めた神作が、不意に振り返る。

 

「……私にとっては、あなたを失う方が恐ろしいですから」


 さらりと嬉しいことを言ってのけた彼女は相変わらずの真顔で、伝えてくれた真意は謎だ。


「口説いてる?」

「こんな辺鄙な地で、たとえ役立たずであってもいないよりはマシという意味です」

「あ、はい……すみません、役立たずで…」

「冗談ですよ。……さぁ、行きましょう」 


 落ち込む私に笑いかけて、伸ばされた手を取る。

 どこまで冗談で、どこからが本気か分からないけど、私のためにそこまでしてくれる相手に、何がお返しできるか考えないと。


 ……いつの日か、捨てられちゃうかも。


 神作はけっこう淡白だから、心配だ。


  



 


 

 

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