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宿に泊まろう…!








「見て、星が綺麗…」


 木の葉の隙間から見える夜空に手を伸ばす。


「こうやって見ると、空は現世と変わらないね」

「……そうですね。どの世界も、自然の美しさは同じようです」


 仰向けになった私の隣で、片膝を立てて座る神作の横顔を下から眺める。

 空を見上げる彼女も星に負けないくらい綺麗で、私の目には瞬いて見えた。背景の夜空も相まって、やけに感傷的な想いを抱く。

 このまま見ていたいけど、彼女の瞳に映りたい。

 葛藤を含んだ欲望は形として現れ、自分でも無意識のうちに袖を弱く握っていた。


「……なんですか」


 穏やかな声が鼓膜を撫でて、望んでいた通り相手の顔がこちらを向く。


「まだ寝ないの?」


 何も言わないのも気まずいから思いついた質問を投げたら、首を縦に動かして眠らないことを伝えられた。

 私のみを守るため夜通し起きていようとしているのはすぐに分かって、そんなのだめと伝えるために袖をクイと軽く引っ張る。


「一緒に寝て、神作」

「すぐに動ける状態でなければなりません。私のことはお気になさらず」

「寝なさい。これは命令だから」

「聞く筋合いがありませんね」

「なんでよ」

「もう雇われの身じゃないと言ってくれたのは誰でしたか」


 こういう時ばかり私の言葉を引用して召使いという立場を手放す優しさと生意気さが気に食わなくて、ムッとした唇が勝手に開いた。


「じゃあ、私のことももう守らなくていい」

「それはできません」

「なんで」

「李瑠様がレベル1の雑魚だからです。強い者として、弱い者を見捨てるわけにはいきません」

「腹立つ…」


 だけど確かに私はまだスライムさえ倒したことのない圧倒的弱者で、返す言葉がないことも余計に不服だった。

 冗談なのか真面目なのか分からないのも神作らしいところで、そういえば現世にいた頃から意外にも冗談好きで、よく真顔で言っては周りを困らせていた。

 そういうユニークなところもあるから、彼女を慕う人も多くて、悪く言う人に出会ったことがない。


「神作は……現世に帰りたい?」


 仲良くしてた人もたくさんいたのに、今は私しかいない。私にとっては嬉しい状況だったけど、不意に彼女にとっては好ましくないことなんじゃないかと思えてきた。


「……答えられません」

「どうして?」

「李瑠様の判断を左右してしまう事については、発言できないのです。もし私が現世に戻りたいと願い、李瑠様が私のためを思ってそれを選択することがあってはいけませんから」


 あくまでも私の意思のみを尊重するために、言えないということなんだろう。

 もう召使いじゃないと言っておきながら、どうしてそこまでして自分の意見を伏せるのか理解できなくて、悶々と考えているうちに気が付いたら眠ってしまった。

 地面が固くて眠りが浅かったせいか、目が覚めたのは空が白み始めた早朝で、神作は焚き火に木の棒を折っては投げて火が消えないようにしていた。

 結局、私だけ寝ちゃって彼女を休ませてあげられなかった。罪悪感に苛まれて、起き上がるまで少し時間がかかった。


「ごめん……寝ちゃってた」

「……おはようございます。眠れましたか」

「めっちゃ寝れた…」

「よかったです。もう少し休んだら、出発しましょう」


 落ちたタオルケットを肩に掛け直してくれて、普段よりは優しい声色で伝えられた言葉には首を横に振る。


「神作も寝てから行こう?」

「ここからもう数時間歩けば村ですし、村には宿もあるでしょうから。私は宿についてからゆっくり休みます」

「でも…」

「地面に布を敷いただけの場所に寝るなんて、李瑠様と違って高貴な私にはできないので…」

「あ、すごい。もしかして異世界に来てキャラ変した?」

「もちろん冗談です」


 歯を見せて笑うという滅多にしない表情をして、神作は焚き火や布の片付けを始めた。

 こっちの世界に来てから軽口が増えたのは気のせいじゃない。明らかに現状を楽しんでいるようで、なんだか安心した。

 身なりを軽く整えて、再出発する。神作も後ろでひとつにまとめた髪を結い直していた。


 そんなこんなで休憩を数時間。


「やっと着いた〜……!」


 木々が急に拓けて、小さな村の入り口に到着した。


 村は思ったよりも小規模で、平屋の建物がいくつか並んでいるだけだった。パッと見た感じ、十数件ほどしかない。

 それでも思いのほか賑わっていて、八百屋だったりパン屋の前では店主だろう人間が立って物を売ったり歩く客に向かって声を掛けていたりした。

 中には武器屋なんだろう、剣や鎧が置かれたお店もあって、異世界らしい光景にテンションは上がる。


「わぁ……すごいね!武器あるよ」

「この先必須になる物ですから、後で寄りましょう。今は先に宿屋へ向かいませんか」

「そうだね!神作も疲れちゃったわよね」

「はい。死にそうです」

「んな大袈裟な…」


 一刻も早くヘトヘトな神作を休ませるため宿屋を探して、見つけた一際大きな平屋の中へと入っていった。

 中には受付なんだろうカウンターがあって、そこに立つ中年男性に声を掛ける。


「大人二人」

「そんな映画館みたいな……すみません、宿泊したいんですけど」


 いきなり小ボケをかましてきた神作は置いといて、ふたり泊まりたい旨を伝えると、


「ここはマセラ村!よく来たな、宿泊料はひとり5ゼンニーだ!」


 まるで決め台詞を吐くNPCそのものな返答をされて、面食らった。なんかより、ゲーム感が増した気がする。

 異世界の住人はみんなこの話し方なのか、それともこの人が客に対してサービス精神旺盛なだけか。戸惑うものの、神作がコインをパンパンに詰めた革製の袋から10枚取り出して支払い、部屋に案内された。

 部屋はカウンターの両側にあった廊下のうちの左側を進み一番奥の突き当たりにあって、内装は木目調の壁にベッドがひとつと、机に椅子、それからタンスというシンプルなものだった。


「空いててよかったね。とりあえず休…む?」


 入ってすぐ、休んでもらおうとベッドのところへ行ったら、私の言葉を最後まで聞く前に後ろから寄りかかられて息を止める。


「え……な、な、なに?」

 

 肩に頭を乗せた神作は、背中側からお腹に回した手で服を掴んできて、突然のバックハグに動揺して頭の中は混乱の嵐になった。

 熱烈に求められてる…?と勘違いしかけたけど、異常なまでに荒く熱い吐息が聞こえて、何事かと振り向く。

 見れば顔を赤く染めた彼女は、眉間に濃くシワを寄せて苦しそうに目を閉じていた。


「神作…?」


 体ごと振り返って、肩を掴みながらフラフラな体を支える。

 目に見えて普通じゃない状態に、もしやと額を触ってみたら予想通りびっくりするほど熱かった。


「ちょっと……すごい熱。大丈夫?」

「我が一生に、悔いしかなし…」

「ふざけてる場合じゃないでしょ!悔いあるなら寝て、生きて」


 高熱で呻くほどだというのに軽口を叩く神作をベッドに寝かせて、震える体に毛布を掛ける。

 

「なんでこんなにひどくなるまで黙ってたの?もう…」

「申し訳ありません……昨晩、試しにスライムを焼いて食べてみた影響かもしれません…」

「なにバカなことしてんの!?」

「いや、いけるかなって…」

「仮にいけたとしてもいっちゃだめでしょ!まったく……おとなしく寝てなさい」

「不甲斐ないです…」


 横になった神作は本当に辛そうで、額に手の甲を当てて何度も荒い息を整えようと深呼吸を繰り返していた。

 こんなにも弱りきった姿を見るのは初めてで、呑気な心がときめきつつ、今はそんな場合じゃないと気持ちを入れ替える。

 部屋を出て、店主に桶やタオルはあるかと確認したら無視されたから、困り果ててまた部屋に戻ってからは神作が背負っていた鞄の中を漁ってタオルを取り出した。

 トイレに手洗い場があったから、そこでタオルを濡らして部屋に運ぶ。水を絞る動作ひとつ上手くいかなくて、自分の無能さにはため息をつきたくなった。


「ほら、神作……手どけて」


 額に乗せていた手を握って浮かせて、そこにタオルを滑り込ませる。

 握った手はそのまま、汗で濡れて頬にひっついた横髪をつまんで耳にかけた。神作は構う余裕もないのか、目を閉じて眉をひそめている。


「辛いよね、神作……ごめんね」

「……李瑠様が、謝ることは…ありません」


 途切れ途切れに伝えられた優しさに、目頭が熱くなる。

 こんな時でも私のためを思って責めることさえしない彼女に甘えすぎていたと、心底反省した。

 彼女がいなかったら村にも辿り着けなかったし、そもそも最初の小屋で野垂れ死んでいたかもしれない。そのくらい、私は何もしてない。頼りっぱなしだった。


 それじゃあ、良くないと。


 まずは自分にできることから始めよう、と意思を固めて立ち上がった。


「私……買い物行ってくる。なに食べたい?」

「スライム…」

「それ以外で。スライム中毒になってない?大丈夫?」

「冗談です。心配なので、私も行きます」

「だめ」


 起き上がろうとした肩を掴んで、ベッドシーツの上へ押し倒す。


「私もう、子供じゃないよ。ひとりでおつかいくらい行ける」

「ですが…」

「大丈夫だって!任せて」


 握り拳を作って言った私を、神作は心配で仕方ないという顔をしてみてくる。

 気持ちは嬉しいけど、病人をこき使うほど私も悪役令嬢じゃない。これを機に頼りきりだった生活をやめるためにも、押し切って宿屋を後にした。




 



 







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