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旅に出ませんか








 異世界に来て、三日目。


 相も変わらず風呂トイレにだけは文句しか湧かない環境ではあるものの、それも少しずつ慣れてきた。私は意外と、適応能力が高いらしい。

 ただ、やることが特になく、暇を持て余している。

 スマホが無いのは大きな痛手で、退屈すぎる生活に飽き飽きしてきたから、少しでも気を逸らそうと今はあの召喚部屋にあった本を借りて読んでいる最中だ。

 神作は何やら、朝からリビングで作業している。チラッと様子を覗いてみたら、鞄に荷物を詰めていた。もしかすると、この後どこかへ出かける予定なのかもしれない。

 だから誘いを受けるまでは、おとなしく待つことにした。


「うーん……魔法って私にも使えるのかな」


 本の内容によれば、魔法は誰でも使用できるものらしい。もはやあって当たり前で、空気と同じくらい必要不可欠な概念だ。

 だけど外の世界から来た私に適用されるかは不明で、試しに書いてある呪文を読み上げてみたけどなんの変化もない。

 魔法の種類は大きく分けて二つあって、詠唱するか魔法陣を書くか。手段が違うだけで、どちらの方法でも同じ魔法を発動させることができる。


「魔法陣は難しくて書けそうにないし……覚えるなら詠唱魔法かなぁって思ったけど、発音が違うのかしら…」


 ひとり、部屋でぶつぶつと怪しい言葉を唱えるという、なんとも不気味なことを繰り返し試行錯誤しているものの、一向に魔法が発動される気配はない。

 そもそもの“魔力”というものが、現世から来た私の体には備わってないのかも。

 だとしたら残念だ、と早々に諦めて本を枕元へ投げ置いたところで、ノックの音が響いた。


「李瑠様、お話が」

「うん!なになに?」


 ようやくお出かけのお誘いが来たか、体は期待して起き上がって神作を招き入れる。

 ベッドのそばまで来て、私の前に跪いた彼女は真剣な眼差しを向けて、その綺麗に整った唇を開いた。


「先に聞きます。李瑠様は、現世に戻りたいですか?」


 どういう意図の質問だろう?

 答えに戸惑っている私に、神作は言葉を選んでいるのか慎重な仕草で話を続けた。


「李瑠様が望むのであれば、いつまでもここに留まっていてもいいのですが……環境や食料問題などを考えた時、李瑠様のご満足いく生活が送れないのではと懸念しています。安全面やその他諸々の事情を踏まえた上で、やはり現世に戻って旦那様の元で過ごした方がいいのではないかと……旦那様もきっと今頃、心配しております」

 

 そこでようやく、ここに来てから数日、私のためにずっと悩んでくれていた事実を知る。

 

「もし、現世に戻りたい気持ちが少しでもあるなら、この小屋を出て村に降りてみませんか」

「……村?」

「昨晩、地図を見つけました。山の麓に小さな村があり、ここからはおおよそ半日ほど歩けば着く距離です。道の整備がされていないため、けもの道を進む事にはなってしまうのですが…」


 瞼を下ろし、苦しそうに眉を寄せた神作が次に目を開けた時にはもう、覚悟の決まった瞳をしていた。

 私の手を取って、真っ直ぐに見上げてくる相手に対して脳裏に浮かんだのは、“たとえ何を言われても応えたい”という強い意志だった。


「必ず、私がお守りします。李瑠様には傷のひとつ付けないと誓います」

「そんなの、約束しなくてもいいよ」


 いつになく真面目な神作には笑顔を見せて、手を握り返す。


「現世に戻りたいかはまだ分からないけど……いつまでもここにいる訳にもいかないもんね」

「それじゃあ…」

「うん。一緒に行こう?村まで」

「ありがとうございます、李瑠様」


 深く頭を下げた神作はどうしてか胸を撫で下ろした様子で、なんでそこまで安堵するのか理由は分からなかったけど、とりあえずさり気なく頭を撫でておいた。

 その後はさっそく小屋を出ようということで、予め荷物をまとめておいてくれた神作と、小屋では最後になる昼食を終えて外へと歩みを進めた。


「李瑠様……村に降りたところで現世に戻れる保証もありません、一夜だけですが野宿をさせてしまう事にもなります。それでも、本当によろしいですか」

「もちろん。むしろせっかくの異世界だもん、旅を楽しまないとね」


 こうなったらとことん、現世ではできない体験を思う存分に満喫してやろうと、前向きな気持ちで言葉を返す。

 神作も意を決したようで、ふたり揃って歩き出した。

 ひたすら木の生い茂る道なき道を、たまに現れるスライムを倒しながら進むこと数十分。


「そういえば、神作」

「はい」

「スライムばんばん倒してるけど、レベルは上がった?」

「はい。順調に上がっております」

「へぇ……ほんとにレベルあったんだ。ちなみに今はどのくらい?」

「少々お待ちください、確認致します」


 ふと気になった疑問を投げたら、答えるため足を止めた神作は何もない空間に向かって手を伸ばし指を広げる。


「ステータスオープン」


 小さく呟かれた言葉の後で、ヴィンと機械的な音を立てながら現れたのは電光掲示板のような文字列の数々で、驚いて息を呑んだ。

 私とは違って驚きもしない神作は文字の内容を確認して、「10です」と教えてくれる。

 まるでゲームそのものなシステムに、異世界ってすごい……なんて単純な感想を抱いた。


「10レベルって……高いの?」

「分かりません。村に辿り着くまで、どのくらい強いモンスターが現れるか不明だったので、念のためスライムで上げられるところまでは上げました」

「確か……スライム一匹で3ptだっけ?」

「はい」

「1レベル上がるには、何pt必要なの?」

「1から2に上がる時は15ptでした。そこから約1.5倍の割合で必要ptが増えていくようです。つまり、2から3に上がるには22、3から4は33といった具合です」

「……何体くらい倒したの?今まで」

「10レベル上げるために必要なptは1700程度でしたので、だいたい560体のスライムを倒したことになります」

「すご……」


 意外にもこういう話は大好きなのか、普段よりほんの少しだけテンションの高い神作は気分良く詳しいことを教えてくれた。心なしかドヤ顔に見える。

 

「本当はもっと上げたかったのですが、途中からスライムがあまり出現しなくなりまして……小屋周辺のスライムは狩り尽くしてしまったようです」

「そんなに狩っちゃって大丈夫なの?」

「小屋にあったモンスター図鑑には、スライムは繁殖能力が異常に高いと記載してありました。どれだけ倒してもどうせすぐ増えます」


 歩く異世界図鑑と言っても過言ではなさそうな神作の情報量は私が思うより何倍も多く、聞くたびにいちいち驚いては言葉を失う。

 あの小屋にいた三日間で、どうやったらそこまでの情報を…?と、あまりの有能さに感心よりも疑心が勝った。

 話しているうちにどんどん足は進み、気が付けば数時間程度は経っていたのか、辺りがうっすらと暗くなってきた。


「完全に日が暮れる前に、ここら辺で休みましょうか」

「うん」

「そうだ……せっかくですから休むついでに、お見せしたいものがあります」


 背負っていたカバンを下ろし、地面に布を広げた神作に座るよう促され、腰を下ろす。


「見せたいものって何?」

「魔法です」


 とんでもないことを平然と答え、シャツの胸ポケットから数枚の紙を取り出した彼女は、まず書かれていた魔法陣を見せてくれた。

 紙のサイズは3cmもない小さなもので、魔法陣もパッと見た感じシンプルな形をしていた。

 ただ、気になったのは円の一部が欠けていて、見るからに未完成であることだった。


「それは?」

「魔法陣です。完成させた時点で発動してしまうため、あえて全て書ききっておりません」

「……完成させると、どうなるの?」

「それは今、この場でお見せします」


 私の疑問を解消すべく、掌に乗せた紙に向かってさらりとペンを走らせた瞬間、完成した魔法陣が勢いよく燃え盛った。

 神作は「あつ…っ」と小声で呟いて手を何度か振り払う。


「わっ……すごい」

「今お見せしたのは、炎の魔法です。魔法陣がシンプルなため持続力もなく、火種程度の炎しか起こせませんが…」


 人生で初めて見る魔法に興奮冷めやらぬ私に、神作は自分で納得がいかないのか今ひとつな反応を見せた。

 この短期間に仕組みを理解して魔法を使えるだけで充分凄いというのに、本人の中ではまだまだ力不足らしい。


「まぁしかし、今は使えるだけありがたいと思っておきましょう。この魔法は火をつけるという事においては、本当に画期的で助かっています」

「いつも、火起こし大変そうだったもんね…」

「はい。ぶっちゃけ毎回手が痛くて泣きそうでした」


 半分は冗談だろうけど、表情が無いから本気で嫌がってる可能性も否定できなくて、「ごめん…」とか細く謝ることしかできない。

 水仕事や火起こしで荒れた手を取って、気休めにもならないと分かっていてもついつい擦る動きをしてしまう。

 私の行動を、神作は何を考えているのか……ただ黙って見つめてきた。

 しばらく見つめ合って、なんて声をかけていいか迷っていたら、顔を逸らされてすっと手を離された。

 拒絶された気がして、落ち込む。


「……夕食をご用意致します」

「うん、ありがとう」


 微妙な空気になった中、私は異世界に来て初めての野宿をする夜を迎えた。

 


 

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