異世界最大の図書館
知識の都・ホーキンズ。
異世界でも有数の規模を誇るこの街には、世界中から集まる書物を保管した大規模な書庫であり、図書館が存在している。
街の中心に空高くそびえ立った陶器の城がそのホーキンズ図書館で、城を囲むように城下町などが円状に広がる。
知識の都という名の通り、この世界について知るにはうってつけの場所なのもあって、各地から訪れる人も多い。レベルアップやスキルアップのために連泊する冒険家もいるんだとか。
私達もその冒険家のうちのひとりで、今は人で溢れ返った商店街の中を進んでいる。
「すごい人だね……お店の種類もたくさんあるよ」
「そうですね。ホーキンズは魔導書や魔石の取り扱いが豊富な地でもありますから、後で戦闘に使えそうな物を片っ端から買ってみましょう」
「うん!」
「まずはとりあえず図書館に…」
「あ。ねぇ、見てみて」
歩いていたら、面白いものを見つけたから神作の腕を掴んで建物と建物の間を指差した。
「なんか変な人いる。カクカクしてるよ」
「……放っておきましょう」
壁に向かってひたすらに歩いては、やたらカクカクとした動きをする男性のことを伝えたら、そっと目を掌で塞がれた。
あんまり見ちゃいけないものだったのかな?って察して、さり気なく腕にひっつく。
何も言われなかったからそのまま歩いて、最初に立ち寄ったのはやっぱり観光スポットにもなっていて、目玉の図書館だ。
「すごい……!どこ見ても本がある…」
全長5mもあるらしい、開放された扉の向こうへ入ると、真っ先に視界に飛び込んできたのは壁一面を覆い尽くした本棚の数々だった。
中心へ向かって曲線を帯びた天井は色とりどりのステンドグラスが散りばめられ、差し込む光が空間全体に神秘的な雰囲気を与えていた。
中央にある円状のカウンターで目的の本のジャンルや名前を伝えると、作に囲まれた陶器の床が降りてきて、乗ると自動で目的の箇所まで運んでくれる仕様だ。
今回は魔法に関する知識を得たいということで、魔導書が揃う本棚の前までふわりと浮かんだ乗り物で移動した。
「わぁ、けっこう高い……怖いかも」
「落ちないよう、お気を付けくださいね」
「うん!」
神作が本を物色している間、柵に手を乗せて図書館内を覗き込むように観察してみた。
思っているよりも何倍も広く、終わりがないようにも見える建物内にはとにかく本棚が積まれていて、上から見ても迫力が凄い。よく見れば、地下深くまで続いているようだ。
「こんなに積まれてて、倒れないのかな?」
「魔法か何かで固定しているのでしょう。……ほら、危ないですよ。李瑠様」
前のめりになって乗り出していた私のお腹辺りに手を回して抱き寄せた神作は、「見せたいものがある」と本に向かって手を伸ばした。
「なに…?」
「私の持つスキル、“速読”です」
言いながら、本の背に指先を触れさせると、本体が光を放ち自ら本棚から飛び出してパラパラと勝手にページをめくる。その後ポワ…とした光の塊が現れて、神作の頭部へと吸い込まれていった。
指をそのまま隣の本の背へ移して、それを連続して手の届く範囲まで繰り広げたら、ポワワワ…と光の塊はいくつも飛び出てはひとまとまりになって、例外なく全て神作に吸収される。
その調子でどんどん、柵の床ごと移動しながら本に触れていく。触れるたび光り輝くから、神作の指に続いて光が追いかけてくる光景はなんとも不思議な美しさがあった。
「これが、“速読”です」
「もはや読んでないけど……すごいね!」
「ちなみに十冊以上、連続して速読を使うと一時的に知恵熱が出ます」
言ってすぐふらついた神作はガクッと膝をついて、しんどそうに荒い呼吸を何度も繰り返した。
「……このように」
「なにやってんの!?分かってるなら十冊以内で留めなさいよ」
「いや、いけるかな…って。めっちゃ頭痛い……情報処理が追いつかなくて発狂しそう、きもぢわるい…」
「ち、ちょっと!知恵熱程度で済んでないじゃない、大丈夫?」
口元を押さえて「うっぷ」と吐きかける寸前の神作のそばにしゃがみこんで、背中をさすり撫でる。
こんな貴重な本がたくさんある中で吐き散らして汚しでもしたらまずいから、最悪リュックサックの中になら吐いてもいいかなって気持ちで、顔の下にリュックサックを開いた。
ついでに万能薬があったから、手に取ってガラスの栓を外して飲ませようとしたら、全力で拒絶される。
「それくそまずいやつじゃないですか!さらに具合悪くなりそうです、嫌です」
「効果は保証されてるから!これ飲んだら楽になるんだから飲みなさいよ」
「やだ、吐く。今飲んだら吐きます、私」
「吐いてもいいから。処理するから。大丈夫だから」
「グリーンダ■ラ」
「やかましい。はよ飲め」
頭の後ろをひっつかんでグイとひとくち無理やり飲ませれば、舌を出して顔を歪ませたものの体調は良くなったらしく。
「と、まぁ……このように、速読を使えばあっという間に知識を得られるというわけです。使い方を誤れば、廃人まっしぐらですが」
「今まさに使い方を間違えた神作が言うと説得力が増すわね…」
「私が廃人だとでも?」
「少なくともグロッキーではあったよ」
「あれだけの本の内容を吸収して、それだけで済むのは凄いことなんですよ。本当はとっくに脳みそ破壊されててもおかしくないんですからね」
どうやら自慢して褒めてほしかっただけのようで、思った反応を得られなかったからか唇を尖らせて図書館を出るまでの間ずっとぶつぶつ何かを言っていた。かわいい。
速読で疲れた脳と体を休めるため、寄ろうとしていた商店街での買い物はやめて、ビルに近い形状をした宿屋へと入る。
「ホーキンズへようこそ!宿泊料はひとり50ゼンニーだぜ」
「50!?」
最初の村の10倍にもなる金額を伝えられて、驚愕する。それもひとり50ゼンニーだから、ふたりだと一泊100ゼンニーにもなる。
スライム退治で貯めた560ゼンニーも、なんだかんだ最初の村とホーキンズへ来るまでにけっこう使っていて残り少ないというのに、ここに来てさらに物価が上がるとは。異世界でのお金持ちも今日で終了のお知らせを迎えそうだ。
とりあえず一泊くらいならまだ払えるから、とおとなしく支払って、案内された部屋へ移動した。
中に入ると、真っ先に感じたのは窮屈さで、シングルベッドを置いてやっとな部屋の広さは最初の村に比べると半分くらいしかないと思う。高い上に狭いとは、最悪である。
「これで100ゼンニー……とんだぼったくりね」
「ホーキンズは観光客から冒険家、様々な人種が集まるわりに宿屋が少ないですからね。土地の狭さからも建物が密集していて、内装もギュウギュウ詰めになるのは、致し方のないことです」
「ま、ベッドの質はこれまでで一番良いから、それだけで満足かな」
手で軽く押してみるとベッドは今までにないくらいふかふかで、シーツの手触りもいい。ふたりで寝るには小さいけど、それも神作と密着できる口実と考えれば気分は良かった。
「ほら、神作。まだ体調しんどいでしょ?横になって…」
「いや……私はレベル上げに行こうかと」
「レベル上げ?」
「万能薬のおかげで元気になりましたし、このまま少し出かけてきます」
「どこに行くの?」
「李瑠様は、どうぞごゆっくりお休みください。それでは行って参ります」
「え?ち、ちょっと」
呼び止める前にさっさと部屋を出て行ってしまった神作にひとり残され、ぱちくりと目を動かす。
「いきなりなに…?」
よっぽど修行したかったとか?ストイックだから普通にありえるけど、それにしてもそんな急ぐ必要ないのに。
ホーキンズに来てから、やたらソワソワしてたから様子おかしいなとは思っていたものの、この時の私はまるで気にしていなかった。異世界らしい場所にテンション上がったんだろう、くらいにしか考えてなかったから。
それがまさか、あんなことしてたなんて……。