この世界について
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暗闇の中、青緑に光る文字を見た気がする。
闇は徐々に、一筋の光を眩く広げて消えていき、視界が全て白く染まった瞬間にハッと意識は明瞭に変わった。
「っ……李瑠様!」
起き上がってすぐ、飛びつくように抱きしめてきた神作を受け止める。
頭の中は混乱しっぱなしで、包み込んでくれた体温を持ってしても、心が落ち着くことはなかった。
神作の体が離れた後は、真っ先に胸元を確認した。結果、爪で引き裂かれたはずの場所には怪我どころか傷跡もなく、困惑は増していくばかりだ。
「私、死んだはずじゃ…?」
ドラゴンに踏まれて、それで……そのまま。
記憶はしっかりと残っていて、痛みも感触もはっきりと思い出せる。それなのに、健康そのものな体で今、こうして生きていることに驚いた。
現実に戻ってきた…?って一瞬考えたけど、光景が見覚えのある村の宿の一室だったことから、その可能性はすぐに否定した。
だとしたら、生き返った?でも、どうやって…?
「李瑠様……よかった。本当に…」
ひとりぐるぐると考えをまとめている中、神作は人の肩に頭を乗せて心底安堵した声を出していた。
「もう絶対に死なせません。何があっても」
ってことは、やっぱり私……死んだんだ。
神作の言葉から察して、じゃあどうして今こうして生きてるんだろうって謎はどんどん深まる。
ドラゴンに踏み潰されたのは夢じゃない。異世界とはいえ、死んで生き返ることなんてあるの?なんていう疑問は、落ち着いた頃に話してくれた神作の言葉で解消された。
「この世界はおそらく、ゲームと同じような作りで構築されています。故にHPがゼロになった場合でも死ぬことはなく、前回寝泊まりした宿にリスポーンされるようです。いわゆる、ゲームオーバーからの復活状態ですね」
負った傷やダメージの全てが無かったことにされ、敵を倒した実績も得た経験値やアイテムもそのまま残る、と私が眠っている間に調べてくれた内容を事細かに教えてくれた。つまり一度倒した大熊をまた倒す必要はない……と。
村人の様子や、八百屋で経験したおかしな出来事からもゲームのような世界だということは薄々気が付いていて、生き返った理由にも納得できた。
神作も私と一緒に踏み潰されてHPがゼロになったらしく、ふたり死んでようやくリスポーンになるのではないかと憶測を伝えられた。
「それにしても……あのドラゴン強そうだったね」
「実際、かなりレベルの高いモンスターだと思います。本来ならここにいるはずのないドラゴンですし、この世界がゲームに近いものならおそらくバグの類ではないかと」
「バグ?」
「はい。向こうの世界でも、ゲーム内でこういったバグはよく散見され、初期装備では到底倒せない敵相手に“詰む”といったこともあるようです」
「え。じゃあ、他の街に行けないってこと?」
「いえ。リスポーン後にもう一度、ひとりで村の外へ出てみたのですが、ドラゴンの姿は確認できませんでした。たまたま、何かしらの条件が揃ってバグが発生してしまっただけの可能性が高いです」
だから次の街へ進むことについては問題ないと聞いて、胸を撫で下ろす。村を出ようとするたびドラゴンに襲われるなんてごめんだし、死んでまた神作の辛そうな姿を見るのも嫌だったから。
まぁ……神作が私のためを思って、泣きそうになってるのはかわいかったけど?
てかてか、こんなに心配してくれたり、私がいないとだめーって感じの必死さ見せてくれるなら、ワンチャン脈ありなのでは?
「ねーね、神作」
「はい」
「もう素直になっていいよ。付き合お?」
「はい?」
相手の首に腕を回してニコニコで伝えたら、何言ってんだこいつと言わんばかりの怪訝な表情を返される。
「私がいないと泣いちゃうくらい嫌なんでしょ?」
「それは、まぁ……はい」
「ここにはもう止める人もいないし、そんなに好きなら早く認めて付き合おうよ」
「……一回死んで頭イカれましたか?」
こめかみの辺りをトントン指で叩いて呆れた声で言ってきた神作に構わず、抱きついて首元に顔をうずめた。素直じゃないんだから、とか言って。
引き剥がすことはしないで、むしろ腰を支え持ってくれた彼女はわざとらしくため息を吐き出す。
「私はただ、旦那様の元へ生きて返さないといけないという使命感の元、焦っていただけです。都合のいい勘違いはおやめください」
「またまた〜、そんなこと言って。ほんとは私のこと好きなくせに〜」
「もう一度死なせて正気に戻した方がよろしいでしょうか」
鎖骨を指先でくりくりしておちょくっていたら、本気なトーンでナイフの刃先をを首元に当てられた。
冷たい感触が嫌にリアルで、さすがの私も危機感を覚えて冷や汗を垂らす。
「幸い、ここでは何度死んでも蘇るようですし、もう心配する必要もありません。今すぐ殺したって構わないんですよ」
「ほ、ほんとに言ってる?」
「冗談です」
「いや冗談にしては怖すぎるって…」
ニッコリ笑った神作は本当にからかっていただけのようで、ナイフをしまって私の体を解放してくれた。……別にまだくっついてても良かったんだけど。
あんまりグイグイいきすぎて拒絶されても傷付くから冗談も程々にして、今度こそ村を出ようと支度を始める。
荷物をまとめてから馬車のところにいた男性の元まで向かったら、お礼と共に銀コインを一枚とキズ薬、それから“強化ガム”というものを貰った。強化ガムは、食べるだけでレベルが1上がるそう。
すぐにでも食べようと思ったけど、今はレベルアップに必要なpt数も少なくてもったいないから、レベルが上がりにくくなった時に食べた方が良いと神作に言われてやめた。
「目的地はどこに?」
「ホーキンズで」
無事に馬車にも乗せてもらうことができて、荷台にふたり、寄り添って座った。
「どのくらいで着くのかな?」
「半日もかからないかと」
「楽しみだね!次の街」
「……そうですね」
これから冒険の再出発だというのに、神作の表情は暗く、元気がなかった。
どうしたんだろう?と顔を覗き込めば、こちらを向いて人の顔をじっと見つめてきた後で、儚げに吐息を零す。そして、私の手を包むように握った。
「李瑠様」
「う、うん。なに?」
「次の街、ホーキンズでは少し……別行動をしてもよろしいでしょうか」
「え……なんで?」
「スキルアップのため、修行に出向きたいのです」
「修行?」
「はい。ホーキンズには経験値を稼ぐためのスポットがあると、村人達の会話から知りました。そこへ行って、今のうちにレベルを底上げしておきたくて」
真剣な眼差しを向けてくるから、NOとは言えなくて頷く。
私が弱いから、神作がそこまでしないといけないほど負担をかけてるという負い目もあった。ドラゴンの時も、足手まといで何も出来なかったから。
どうしたら、モンスターが倒せるようになるかな。怖くて怯えてるだけじゃだめなのに、今ひとつ勇気が持てない。
「……私も、神作と一緒にレベル上げ行こうかな」
ぽつりと呟いた私に、神作は何を思ったのか眉を下げて微笑んだ。
「李瑠様は、ゲームはお好きですか」
「うーん……普通」
「RPGのご経験は?」
「何回か、家でやったことあるかな」
「そうですか。その際、どのようにレベルを上げていましたか?」
「え〜、どうだったかな……とりあえず出てきた敵倒して、みたいな。あんま考えてやったことないかも」
「いいですね。ちなみに、私は何事も圧勝したい派なので最初にレベルを上げまくってボスをこてんぱんにします」
「そんな感じする……で、何が言いたいの?」
「要は人それぞれのやり方やペースがある、ということです」
肩を抱いて、手を握り、微笑みかけてくれた神作は優しく言葉を続けた。
「今はまだレベルが低く、弱いかもしれません。しかし、焦ることはありませんよ。李瑠様には、李瑠様のペースがあるのですから」
「神作…」
「強くなるまでは、私にお任せください。強くならずとも私がいます。なので次の街ではぜひ、観光がてらゆっくり過ごしていただければ」
「ありがとう……好き」
相手の体にもたれ掛かって伝えた好意はスルーされ、聞かなかったことにしたらしい神作はごまかすためか頭を何度も宥めるように撫でてきた。
好きになっちゃうことばかり言ってくるのに、はぐらかすなんてずるい女だと思いつつ、優しさに甘えて次の街ではレベル上げよりも観光を楽しむことにした。
ついでに、私に合ったレベル上げの方法を探して、少しずつでいいから力をつけていこうと、心に誓った。