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煙島のアリア  作者: 酉月(ゆうげつ)
4/15

4 新王様

窓の外から、微かに聞こえる鳥のさえずりが、夜明けの訪れを告げていた。

夜遅くまで読んでいた本が、床へ落ちる音が聞こえる。

アリアはまだ眠らせてほしいと、ベッドの上で身をよじっていた。


塔の外から低い音が響いてきた。


鐘の音だ。

アリアは耳を澄ませた。鐘が四回鳴る。


(なぜこんな時間に鐘が?…)


彼女はベッドから起き上がり、冷たい床を踏みしめながら窓へと向かった。

塔の上からは街の全景が一望できた。朝の薄明かりが街の屋根や通りをやさしく照らし出し、絵画のような風景が広がっていた。


アリアの目は自然と遠くの島に向けられた。

そこには一筋の灰色の煙が立ち上ってる。


(朝早く煙があがるなんて初めて見たわ…)


彼女は不安な気持ちを抑えつつ、塔の窓からもう一度、外の風景を眺めた。


朝の空気はひんやりとして、鼻を刺すような新鮮さがあった。

遠くから運ばれてくる海の香りと、街の中のパン屋から漂う焼きたてのパンの香りが混ざり合い、彼女の心を少しだけ落ち着かせた。


しばらく窓辺に立っていたアリアは、ふと時計を見て時間を確認した。

塔の中での彼女の日課が始まる時間が近づいていることに気づき、再び部屋の中へと戻った。汚れた靴を履き、閉ざされた先へ向かった。


「おはようございます、テリーさん」


「…やあ。もうそんな時間か」兵士のテリーはあくびをした。


「お願いします」

アリアがそう言うと、テリーが鍵を回した。


「時間に正確だな」

鉄格子の扉が開いた。


「はい。外に出れる時間は少しでも無駄にしたくないんです」


十代の女の子が自由になれる時間。それが朝の時間だけだなんて。


「お前も大変だな」


「大変?テリーさんの方が大変ですよ。眠いの我慢してお仕事だなんて」


「俺は起きていたぞ。ただ目をつむっていただけだ」


笑って二人は塔を降りていく。テリーだけはアリアと話をしてくれる。


「そういえば今朝、鐘が鳴ってましたよね」


「あぁ…王様が亡くなられたんだよ」


「…亡くなった?…」


「あぁ、お前、お会いしたことがあるんだっけ?」


厳しい目と髭面を思い出いだした。


「どうして?原因はなんですか?」


「『灰色病』になられてしまったんだ」


「…そんな!」アリアは驚いた。


「今朝の煙島の煙は、王様の…だったんですね」





王様の死を聞いた朝、アリアはいつものように外を駆け回る気にはなれなかった。

灰色病で亡くなるなんて、信じられなかったのだ。


「もういいのか?」テリーもそう言うくらいの短さで引き上げた。


塔の窓から外を見た。普段なら美しい景色も、今日は色を失って見えた。

食事の味も感じられず、心の中には重い石が残っているようだった。

ため息ばかりが増えていく。


「今後私はどうなるのだろう」

ここから出られる気配が一向になかった。


彼女は本を読んで気を紛らわせようとしたが、集中できなかった。

テリー以外の看守は、アリアとは一切口を利かない。テリーが当番の日まで誰とも話せず、孤独感がますます募るばかりだった。


そんなある夜、アリアが眠れずに本を読んでいると、突然、奇妙な声が聞こえた。


『うぅぅ…ぐぅぅぅ…』

まるで遠くから響いてくるような、低く唸るような声だった。


アリアは耳を澄ませた。

「…誰か…いるの?」


『…どうしたら…いい…私はどうすれば…いいんだ…』

その声はまるで地獄の底から這い上がってくるかのような、不気味な響きを帯びていた。


声は次第に遠ざかっていき、塔の中は再び静寂に包まれた。

アリアは冷たい汗をかきながら、看守の方を見たが、何事もなかったかのように立っている。

話しかけてもなにも無駄なことはわかっていた。


(動物の声?いや、動物じゃないわ)


アリアは動物と目を見て心をかわせないと、言葉がわかならい。

ではなぜ、言葉が聞こえるのだろうか。また新たな力なのか?

アリアの心には、恐怖と不安が入り混じった感情が渦巻いていた。

再び本に目を戻そうとしたが、集中できるはずもなかった。



アリアはいつも通り早く目を覚ました。


朝焼けの光が、建物の屋根や道を柔らかく照らしている中、町全体が何か特別な期待感に包まれているようだった。

王様の死から数日たった今、広場には、色とりどりの旗や装飾が美しく飾られていた。



「おはよう、アリア」と先に声をかけたのはテリーだった。


彼は今日の見張り役だった。


「テリーさん、おはようございます!」


アリアは元気よく返事をし、聞きたかったことを聞いた。


「お城で何かあるんですか?」


テリーはいつも通りの笑顔で鍵を開けた。


「ああ、今日はヴィクター王子の即位式なんだ」


「即位式?」


「そうだよ。今日、ヴィクター王子が、王様にご即位される。今日は警備も大変なんだ」

テリーの言葉に、アリアは「ふーん」と頷いた。


「それにな、今日は有名な大道芸人が来るんだ。俺も戦争が始まる前に子供と一緒に見たことがあってな。とにかく、技がすごくてな。綱渡ったり、輪っかとか投げ合って、面白いんだ」


テリーは、目を輝かせながら、両手を広げ、空中で輪っかを投げている仕草を見せた。

まるで子供のように無邪気な彼の姿に、アリアは思わず微笑んでしまった。


「テリーさんみたいなお父さんなら、子供も楽しいだろうな」


アリアの言葉に、テリーの表情が少し曇った。

「そうでもないさ…。お前のお父さんはどうだった?」


アリアは父ライルの事を思い出した。優しかったが今思うと、それは研究対象にしか思っていなかったからではと思った。

「…楽しい人ではなかったかな。…でもチョビ兄さんはすごく優しくて、色々な言葉を教えてくれました。医師を目指して本土の学校へ行っていたんです。母さんも医者なんですよ」


「そうか」

テリーはアリアの方に向き直り、優しく微笑んだ。


「でも、随分と会っていないから二人ともどうなっているのか…」

アリアの声には、一抹の寂しさが滲んでいた。


「まぁ、とにかく、今日は大道芸を見て楽しめよ!塔の上からなら広場の様子がよく見えるだろうからな」


「はい、楽しみにしてます」


その時、アリアは足をとめて、辺りを見回した。

「どうした?」テリー振り向いた。


あの低い声が聞こえる。


「……ヴィクター王子…頼りない……心配?」聞こえた言葉をそのまま声した。


「まぁそうだな。若くて色々と問題もあろうだろうよ。でも亡き王様がしっかりと教育されているだろうから心配するな」



……声が聞こえなくなった。


「ねぇテリーさん、何か聞こえなかった?」


「何が?」


「…いや、気のせいです」


塔の外に出ると、アリアは深呼吸をして、朝日を浴びた顔を上げた。

「やっぱり、外はいいなあ…」


アリアは、白詰草の群生に寝転がり少しの間だけその解放感に浸った。

しかし、心のどこかで、まだあの不思議な声が気になっていた。

アリアは頭を振って、考えないようにした。こういう時は、何かした方がいい。


「そうだ!」


アリアは草むらに座って何かをつくっていた。


すると目の前に、ふと影が落ちた。


「お前、何をしてるんだ?」

アリアは声の主を見上げた。若い男が立っていた。


テリーが近づいてきたが、男はアリアにわからないように、静かに手を上げて制した。


「あ、あの…白詰草の草冠を作ってます」

アリアは驚きながら、自分が作った草冠を見せた。


「それが冠?みすぼらしいな」


「…え?」

アリアは監視しているテリーを探した。テリーは遠くでこちらを見ている。


「あの…あなたは誰ですか?」


「俺?俺は…馬のエサをやりに来た…兵士だ」

男は答えた。


アリアは男の服装を見た。

シワ一つない、きれいな絹のシャツを着た兵士だった。


「…へぇ。朝から馬の世話なんて大変ですね」


「大変ではない。馬は優しいぞ。一度触ってみるといい」


アリアは少し困った顔をして、「えぇ、いつか」と答えた。


「いつかじゃなくて、今からだ」

と兵士が言った。


なんて馬鹿なことをいうのだろう。


「そんな事、できるわけないじゃないですか」アリアは言った。


「お前が、動物と話せることを知っている」



「…何のことですか?」

この兵士はやはり…。



「…あなた…兵士じゃないでしょう?もしかして…ヴィクター王子ですか?」

と尋ねた。


綺麗な服を着た兵士が微笑んだ。

「そうだ。どうしてわかった?」


「兵士はそんな綺麗な服を着ていません。それに私の情報を知っているのは限られているでしょうから」


「なるほど、そうか」とヴィクター王子は頷きながら、

「君はアリアだね。頼む、馬の気持ちを聞いてくれないか」と言った。


「私は…どんな動物とでも話せるわけではありません。目をみて心を通わせないと」


「今朝、馬が死んでしまう夢を見た。頼む。亡き王様が大切にしていた馬なんだ。最近元気がなくて、エサも食べようとしない。この馬まで死なれると僕は…」

ヴィクター王子の顔がゆがんだ。


「…わかりました。もし話ができなくても罰しないでくださいね」


「ありがとう!」

ヴィクター王子はほっとした表情を見せた。


「おい、そこの看守、お前はそこで待て!」

ヴィクター王子はテリーに向かって言った。


アリアはしょうがなく、白詰草の草冠を自分の頭に載せて、ヴィクター王子の後を静かに追った。




ヴィクター王子が馬小屋を案内すると、一匹のたくましい茶色い馬がいた。


「この子だよ。名前はスノウ」

名前を呼ばれたことに反応して、スノウがこちらを向いた。


「たてがみで隠れて見えないけど、ほら白い斑点があるだろう。これが雪みたいだから俺がスノウと名付けたんだ」


アリアはスノウに近づき、優しく首に触れた。

スノウの目を見つめ、静かに心を通わせようとした。


「こんにちは。私はアリア。あなたの気持ちを知りたいの」

と静かに話しかけた。


スノウはアリアの手を感じ、少しずつリラックスしていった。

スノウの目がアリアをじっと見つめ、何かを伝えてきた。


「王様が姿を見せないのがさみしい…」とアリアが言った。


「そうなのね…。でも王様は亡くなったのよ」

スノウは信じられないというように、何度も首を大きく動かした。


「でも大丈夫よ。これからは、こちらのヴィクター王子が来てくれるわ。そうですよね?」


「…あぁ、できる限りここへ来るよ」

ヴィクター王子はスノウの首を撫でた。


「良かったわね」

アリアがスノウに優しく触れ続けると、スノウはアリアの手に鼻をこすりつけ、なつくようにしてそのまま彼女に見つめた。


「え、そうなの?わかったわ。いいわよ」


アリアが頭にかぶっていたの白詰草の草冠を外して、スノウの前に差し出した。

スノウその香りを嗅ぎ、次の瞬間、それをパクリと食べてしまった。


「白詰草が大好きなんだって」

アリアは笑いながらスノウの首を撫でた。


ヴィクター王子もその光景を見て微笑んだ。

「君のおかげでスノウも安心したみたいだ。君は本当にすごい力を持っているんだな」



「ゴホン」咳が一つ響く。



アリアの体がビクッと驚いた。




振り向くと、いつの間にかテリーが馬小屋にいた。

「ヴィクター王子、そろそろ我々は戻らないといけません」

テリーが言った。


「本来なら、ここへ来るのも規則違反です。早朝なので人がいませんが、見つかったら大変なことになります。今後はどうかきちんと我々に申し付けてください」


「…そうだね。悪かった」


「それと…」まだ小言が続くのかと思ったが、


「新王様、ご即位おめでとうございます」

テリーが敬礼をし、アリアを外へ出るよう促した。


「どうか、新王様に幸運が訪れますように」

アリアもそう言って慌ててテリーの後を追った。


アリア達が見えなくなるまでその場に立ち尽くし、ヴィクター王子は自分に訪れるであろう未来に思いを馳せた。



「幸運か…。そんなもの来るわけがない」

その言葉は小さく、夜明の空に消えていった。

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