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煙島のアリア  作者: 酉月(ゆうげつ)
3/15

3 塔の上の看守

アリアは城に着くと、一棟の塔へ連れていかれた。

重厚な扉を開けると、そこは薄暗い石造りの階段だった。

足音だけが響き渡る静寂の中、アリアは二人の看守に挟まれ、ゆっくりと歩を進めた。

螺旋階段を上るにつれ、心臓が鼓動を早める。外界との隔たりが、一段ずつ深まっていくように感じた。


やがて重々しい鉄格子の扉が見えた。

看守は、大きな鍵を差し込み、扉をゆっくりと開けた。

その瞬間、冷たい風が吹き込み、アリアの頬を撫でた。

まるで、孤独の世界へ足を踏み入れるような気がした。


そこは外界から遮断された、薄暗い空間だった。

小さなテーブルと椅子が置かれ、窓からは、わずかな光が差し込み、埃っぽい部屋に薄明かりを作り出していた。

壁には何も飾られておらず、ただ無機質な石の壁が広がっていた。


アリアは、この部屋で、自分の運命が決定づけられることを悟った。

冷たい床にベッドが置かれ、その上で寝起きする日々がこれから始まる。



看守は、一日一度、食料と水を運んできた。

「必要なものがあれば、紙に書いて渡すように」

言葉少なに、必要なものを渡し、すぐに鉄格子の前に立つ。アリアは、彼らと会話をする機会すら与えられなかった。


最初は、絶望感に打ちひしがれていた。

なぜ、こんな目に遭わなければいけないのか。

自分には何も悪くないのに。そんな思いが、アリアの心を締め付けていた。


しかし、彼女は、少しでも時間を有効に使おうと、窓の外を眺めるようになった。

遠くに広がる海、空を飛ぶ鳥、そして、町の人々の暮らし。

そして何より、煙島の煙が見える。それらを見ているうちに、アリアは少しずつ希望を見出していった。



だが、その希望は時がたつにつれ、不安に変わった。

どうして、尋問が行われない?

いつここから出れる?

どうやって無実を証明できる?


ある日、アリアは、窓際に置かれた水差しに、自分の顔が映っていることに気づいた。

鏡がないこの塔の中で、自分の姿を見るのは初めてだった。


鏡の中の自分は、やつれて、目はうつろだった。


(このままではいけない)アリアは心の中で呟いた。


そして、ある日、看守に紙を渡した。

『外へ出て太陽を浴びたいです。少しの時間でいいので外で深呼吸をしたいです。』


数日後、看守はいつものように食料を持って来たが、その手には一冊の本と紙があった。

紙には、「許可する」と短い言葉が書かれていた。そして、看守はアリアにこう告げた。


「毎朝5時半から30分間、外に出ることができる」

アリアの心の中に、少しの希望が灯った。



そんなある日、窓から外を眺めていると、煙島の煙が見えた。

毎日、お昼前には煙が上がっている。

今でも母さんと、チョビ兄さんは煙島に住んでいるんだろうか。モコは元気だろうか。



そこへ、看守がやってきて、テーブルの上に食事と水を置いた。


「お前、煙島の子らしいな」

話しかけられると思ってもみなかったアリアは、突然のことで声が出なかった。


「おい、何とか言ったらどうだ?」


「えぇ、そうです、が……」


「俺はあの島に行ったことがある。漆黒獣は怖かった」


『漆黒獣』という言葉にアリアは、勇気を振り絞って看守に尋ねた。


「そ、その漆黒獣について、教えてください」


「え?教えてくれって言ったって、その本に書いてあるだろう」


テーブルの上の本にはイノト国の歴史が書かれていた。

「でも、本には書かれていない、あなたの実体験を聞きたいんです」


「あなたって言い方やめてくれ。俺の名前はテリーだ」


「ぜひお願いします。テリーさん」


テリーは、少し考え込み、そしてこう言った。


「しょうがない。話してやるよ」


テリーは、窓の外を向いた。遠い目をして、それは過去の出来事を回想しているようだった。




「今は4つの国しかないが、昔は6つの国があった。それぞれ特別な宝を持っているのは知っているだろう。

俺たちの国が持っている宝は、『天照の珠』っていう太陽の力を宿した宝石だ。この珠を手に入れると、永遠に国が栄えるって言われている。だから俺たちの国、イノト国の宝はいつも狙われている。他の国、例えば煙島の戦いで俺たちが滅ぼしたバンダニ国は、『露鏡』っていう鏡があって、この鏡に映るとどんな傷も治るんだってさ。


そして、全ての宝を集めたやつは、この世界を全部支配できるって噂されている。だから、国同士はいつも他の国の宝を狙っているんだ。まるで子供たちが宝物争いをしているみたいなもんなんだな」


テリーは、苦笑いを浮かべながら続けた。


「ある日、バンダニ国が、恐ろしい怪物『漆黒獣』を使って、俺たちの国に攻めてきたんだ。漆黒獣は、名のごとく黒色で、強い動物をいくつか混ぜ合わせたような怪物だった。ものすごく強くてな、城は壊され、人々は逃げ惑った。


そこでここの王様は、ずる賢い作戦を考えたんだ。国の宝である『天照の珠』をおとりにして、漆黒獣をおびき寄せる作戦だ。王様は、お前の住んでいた島の周りに大きな穴を掘らせて、その中に鋭い槍を立てて隠した。そして、王様自ら宝を持って馬に騎乗し、島に来た。


漆黒獣は、宝を追いかけて島に渡ってきたよ。すると、ドサッーと穴に落ちて、たくさんの槍に刺さって死んでいったんだ。俺たちは、弓矢の先に火をつけて、穴に落ちた漆黒獣を燃やし尽くした。


この戦いに勝って、俺たちはバンダニ国も征服し、『露鏡』も手に入れた。でも、そのあとから奇妙なことが起こったんだ。俺達の国で、恐ろしい病気が広まったんだ。この病気にかかると、人が怪物みたいに変身して、他の人を襲うようになってしまった。そうだよ、これが「灰色病」だよ。


王様は、この病気を治す方法を一生懸命探したけど、結局見つけられなかった。だから、この病気にかかった人たちを、あの島に隔離して、燃やしてしまうことにしたんだ。他の人々のために、やむを得ないことだったんだけどね。


そして、その島に研究所を作って、病気の研究を始めたんだ」


テリーは、アリアの顔をじっと見つめた。


「どうだ?少しは分かったか?」


アリアは、うなずきながら言った。


「テリーさん、漆黒獣って人間じゃないんですか?」


アリアは、ずっと疑問に思っていたことを、ようやく口にした。


「人間?まさか!あんな恐ろしい化け物、人間の訳があるか!」


「そうですか」と、アリアは静かに答えた。


「でも…もしかしたら、バンダニ国の記録なら、漆黒獣がどのように生まれたか、書かれているかもしれないな。しかし、まぁ、そんなものはもう残っていないだろう。地下にいる捕虜たちにでも聞くしかない」


アリアは、勇気を振り絞って尋ねた。


「あの、テリーさん。もしよければ、バンダニ国の歴史の本を借りてきてもらえませんか」


テリーは、アリアの言葉に少し考え込んだ。

「バンダニ国か…それは難しいな。なぜなら、バンダニ国に関する本は、特別な許可が必要になる」


「どうしてですか?」


「バンダニ国は、我々にとって大きな脅威となった国だ。その国を深く勉強することは、何かよからぬことを企てていると思われるからな」


(漆黒獣の誕生は限られた人しかわからないのか…)


「だがお前、バンダニ語がわかるのか?」


「…いいえ…わかりません」


「だったら借りてきても意味がないじゃないか」

確かに、バンダニ語は禁止されており、チョビにも教えてもらっていため、アリアも読めない。



「あの…どうして王様は私にこの本を与えたのでしょうか?」

アリアはイノト国の歴史書を指さした。


テリーは肩をすくめた。

「それは分からないな。俺たちは命令通り運んでいるだけだからな。でも普通、罪人に本なんか与えないんだが…」


そう言ってテリーがアリアをちらっと見た。

「なぁ。お前、父親殺しで捕まったって本当か?」


アリアは驚きと怒りが入り混じった声で叫んだ。

「違います。絶対に違います!」


「え?じゃ何で捕まったんだ?」


「…森への侵入罪です」


「…森?…フフフ…ガハハハッハ!」

彼は腹を抱えて大笑いし始めた。


「森の侵入罪ってなんだよ?だったらそこに住んでいる動物だって、侵入罪になるぞ!」


テリーの笑い声に、アリアの心が少し軽くなり、肩の力が抜けた。

彼の言葉は、今まで抱えていた不安を一瞬だけでも忘れさせてくれた。


「大丈夫だ。それならすぐに出られるはずだ」

テリーは笑顔で言った。


アリアは力強く頷いた。

「はい、そう願っています」


「でもまぁ、本でもなんでも、希望があれば紙に書いて渡してくれ」

テリーはそう言って、ふと窓の外を見た。

明るくなりかけた外の光が彼に何かを思い出させたようだ。


「ところで、そろそろ外に出る時間だが、行くか?」


「はい、お願いします!」

アリアは、テリーに付いて塔の外へと出た。



後日届けられた本は、バンダニ国の本ではなかった。

他の国の言語で書かれた、古い物語の書物だった。

アリアは、落胆したが、すぐに気持ちを切り替えた。

他の国の物語にも、何かバンダニ国の歴史を知る手がかりがあるかもしれない。

そう考え、アリアは、日々、言語を学び続けた。


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