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煙島のアリア  作者: 酉月(ゆうげつ)
1/15

1 煙島のアリア

煙島の澄んだ朝空に、アリアの瞳が輝いていた。今日は待ちに待った日だ。本土から王様がやって来るのだ。


「チョビ兄さん、他の挨拶も教えてよ!」


アリアは14歳にして、3ヵ国の言語を習得していた。それでも、王様への挨拶だけは特別で、もっと素敵な言葉はないかと、兄に尋ねた。



「うーん、俺も他の言語はよくわからないな。でも王様はきっと色々な国の言葉を話せるだろうから、どれでも喜んでくれると思うよ」


チョビは、両親と同じ医学の道を志し、本土の学校で学んでいた。優秀な兄を尊敬するアリアは、チョビが教えてくれる言語に興味津々だった。



「私も学校へ行きたい!」

アリアの声に熱意がこもっていた。


「…今は…まだ難しいんだアリア」父のライルは申し訳なさそうに言った。


「勉強なら私たちが教えているじゃない。それで十分よ」

母のエミカは掃除に余念がなかった。彼女の動作は普段よりも少しだけ緊張しているように見えた。


「本土へ行ってみたいの。そして友達と遊びたい!」


「友達ならモコがいるだろう。お前モコの話がわかるっていってたじゃないか」」チョビも加勢するように言った。


「モコは人じゃないもの。だから、私も人間の友達を作りたい!」


「だめだ!これもお前のためなんだよ。わかってくれ!」

突然、ライルが厳しい口調で言った。


「…私のため?なぜ?」

アリアは聞いた。ライルは無言のままだった。


「……ライル…王様がお見えになった時に、ひとつ聞いてみたらどう?」

エミカが提案した。


不思議そうにアリアは言った。

「王様に?なぜ王様に聞かなきゃいけないの?」


「…ほら、王様は一番偉いから!偉い人が命令すれば私たちは従わざる負えないでしょう?」


エミカは、テーブルを拭いていた雑巾を必要以上に動かし続けていた。


「…うん。でも王様がいいって言ったら、本当に学校に行っていいの?」

アリアは半信半疑で尋ねた。


ライルはため息を一つついて、頷いた。


「でも、あまり期待しないように!」

ライルの言葉には、隠しきれない不安が滲んでいた。


しかし、アリアはそれを気にすることなく、まるで羽が生えたように部屋中を跳ね回った。


「止めなさい!さっき採血したばかりだろう。血が出てくるぞ」

ライルはアリアの身体検査を事欠かさなかった。


「大丈夫、私は『灰色病』にはならないわ」

そう言ってアリアは笑った。


そこへコンコン、と家の扉をたたく音がした。

看守がやってきた。彼はアリアをチラっと見て、すぐに目を反らした。


「そろそろ患者の焼却時間ですが、王様が視察されると聞いています。お見えになって焼却しますか?」


「あぁ、そうしよう。エミカ、王様がお見えになったら焼却場を案内を案内してくれないか」

ライルが静かに言った。


エミカは一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。

「えぇ、いいわよ」

と、すぐに頷いた。


「ほら、掃除しなきゃ!アリアは研究室に飾る花を採って来てちょうだい!」

エミカが少し厳しめの声で言った。


「はい、行ってきます!」


「アリア、一緒に出よう」

チョビは優しくアリアに声をかけ、カバンを肩にかけて家を出た。アリアもチョビの後を追って外へ出た。


「今日はダラン語の本を借りてきてあげるよ」

「本当?楽しみにしてる」

アリアの瞳が輝き、頬に喜びが広がった。


「気を付けて行ってね!」

チョビはアリアの頭を優しく撫で、「ああ、行ってくる」と答えると、船着場へと向かった。





アリアは歩きながらライルの言葉を思い出していた。

学校へ行ってはいけない理由が「お前のため」だと言った。


看守もアリアを見ると、とたんに目を反らしたり、無口になる。

みんな、私に何かを隠している。


アリアは島の小さな灯台へ行った。海を見ると心が落ち着いてきた。

船がこちらへ向かってくるのが見える。王様の船だろうか。


煙島は、外界から隔絶された静かな島だった。

島民は医師のライルとエミカ、彼らの子供であるチョビとアリア、そして数人の看守が交代で暮らしていた。

島の日常は、灰色病との闘いで彩られていた。


ライルとエミカは、この恐ろしい病の原因究明と治療法の開発に日々取り組んでいた。

島の研究所は、彼らの拠点であり、同時に、病に侵された人々を隔離する場所でもあった。


毎日、本土から患者が運ばれてくる。

初期症状が見られる者から、すでに体が灰色に変色し始めた者まで、様々だった。

看守たちは、薬で眠らされた彼らを焼却炉へと導き、静かにその生涯を閉じるのを手伝う。

そして、その灰は家族に戻されることなく、森の中へ捨てられていた。


焼却炉の煙は、島の空に舞い上がり、灰色病の象徴のように漂っていた。





「ニャー」

灯台に一匹のヤマネコがやってきた。


「モコ!」

白と黒の縞模様が、アリアの足にこすりついた。


「ネズミは捕れた?ほかの家族は元気?」

モコを抱きあげると、「ニャルル」と言ってアリアの顎をなめた。


「そうなの。よかったわね。…私?私はお花を摘みにきたの。王様たちが視察に来るんですって」

モコの耳がぴくっと動いた。


「そういえば、モコがいつも綺麗な花があるって言ってたでしょう?連れてってくれない?」

モコは喜んでアリアの腕の中から飛び出した。


鳥たちのさえずりが響く中、モコは木々の間を軽やかに駆け巡り、アリアはその後を追っていた。

アリアが振り返ると、先ほどいた灯台が見えた。


「こっちはだめよ!」

灯台の後ろにある森、「奥森」へ行くことを禁止されていた。しかし、モコはじっとアリアを見つめた。


「ついてこいって言われても、でも…」アリアはためらいながら言った。


「ニャオーン、ニャーン」とモコは一声鳴いて、アリアを促すように先へ進んだ。


「そうね。王様に綺麗な花を見せたいわ!学校へ行ってもいいって言われるかもしれないものね」


森の中は薄暗く、木々の影が不気味に揺れていた。

アリアはモコの後を追いながら、心の中で不安が入り混じった感情に包まれていた。

道なき道を進むと、突然モコが立ち止まり、前方を見つめた。


「ここにあるの?」アリアがモコに尋ねると、モコは静かに「ニャー」と鳴いた。


アリアが目を凝らして見ると、森の奥に奇妙なものが見えた。

それは古びた石の祭壇のようなもので、その周りには鮮やかな赤い花が咲いていた。

アリアは慎重に近づき、祭壇を観察した。


「何だろう、これ…?」アリアは興味津々で祭壇に触れた。

石の表面には古い文字や模様が彫られていたが、語学が得意なアリアにも、意味がわからなかった。


「ニャーン」とモコが再び鳴き、アリアの注意を引いた。

赤い花が風に揺れ、その美しさにアリアは目を奪われた。


「これ、王様に見せたらきっと喜ぶわね」アリアはそう言いながら、慎重に赤い花を摘み始めた。

花びらは柔らかく、鼻を近づけるととほんのりと香りが漂った。



その時、ガサガサと音がした。


アリアは音のする方を見たが、何も見えなかった。

「風?…かしら」



花を摘み終えたアリアは、モコと一緒に来た道を戻り始めた。

森の中は相変わらず不気味だったが、赤い花を手にしたことで少し心が軽くなった。


「モコ、今日私が森の中へ入ったことは秘密よ」


モコは「ニャー」と鳴いた。


灯台に戻ると、すでに船が船着き場に着いていた。

モコは何か気になったのか、クンクンと地面の臭いをかいでいる。


「急がなきゃ。じゃ、モコまたね!」

灯台でモコに別れを告げて、急いで研究所へ向かった。



アリアは摘んできた赤い花を花瓶に挿した。

美しい赤い花が、部屋の薄暗い空間に鮮やかな色彩を加えた。

しかし、その華やかさは長くは続かなかった。


アリアは花瓶を持ったまま、奥の部屋へ歩み寄った。

扉を開けると、目に飛び込んできたのは恐ろしい光景だった。

ライルが床に倒れ、彼の胸には鮮血がじわりと滲み出ていた。


「お父さん!」

アリアは悲鳴に近い声で叫びながら、必死に駆け寄った。

花瓶を乱暴に脇に置き、父の手を握りしめる。

だが、その手はもう冷たく、命の温もりは感じられなかった。


「誰がこんなことを…?」


アリアの声は震え、恐怖と悲しみが一気に押し寄せ、心が崩れそうになった。


「どうしよう…」

パニックに陥った彼女は立ち上がり、助けを求めようとした。しかし、足元がふらつき、力が抜けてしまった。その拍子に、置いていた花瓶が倒れ、赤い花が床に散らばった。


次の瞬間、その花びらがまるで生き物のように震え始めた。

「何…?」

驚愕の中でアリアが見つめると、花びらはパチパチと音を立てて燃え上がり、瞬く間に炎が広がっていった。


「えっ…!」

アリアは目の前の光景に呆然と立ち尽くした。炎は研究室全体を包み込み、激しく燃え上がっていく。炎と黒煙が渦を巻き、部屋中に充満していく中で、彼女は何とかして父の体を運ぼうとした。しかし、その重さに動かすことができず、焦りと絶望が胸を締め付ける。


「…父…さん…」

喉が焼けつくような痛みが走り、声は燃えさかる炎と轟音にかき消された。煙がますます濃くなり、息をするのも困難になっていく。目には涙が滲み、視界はぼやけ、彼女の身体は限界に達しようとしていた。


その時、廊下の方から慌ただしい足音と共に、誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。

「おいおい、何が起きたんだ!」

そこには、エミカと王様、そして二人の大臣の姿があった。彼らの顔には驚愕と困惑が浮かび、事態の深刻さが一目で理解できた。


「王様!ここは危険です。すぐに離れてください!」

大宰相のシャルマルが、王様を守るようにして彼を遠ざけようとした。


軍宰相のコズモは迷わずアリアに駆け寄り、彼女を抱きかかえるようにして外へ運び出そうとした。

「父さん…倒れて…血が、…」

アリアは息を切らしながら説明しようとしたが、炎と煙が彼女の言葉を飲み込んでいった。


「アリア、大丈夫?!」

外へ出ていたエミカが駆け寄り、心配そうにアリアの顔を覗き込む。コズモはアリアを慎重に下ろし、無事を確かめた。


次の瞬間、コズモは怒りが入り混じった声で、周囲の兵士や看守たちに厳しく命令を下した。

「まずは火を消し止めろ!そして、ライルの安否を確認しろ!」


兵士たちが慌てて水を運び、火を消そうと必死になったが、炎は容赦なく広がり、研究所を飲み込んでいく。


「ライルー!」

エミカの叫び声は、燃え盛る炎の中で虚しく響いた。


「お父さん、どうして…」

アリアは絶望の中、燃え尽きる研究室をじっと見つめい続けた。

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