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あの頃はお嬢さんと呼ばれたんだけどね ーバチクソ杯乗り遅れ作品ー

 アスファルトに覆われた夜の街にエンジン音が響き渡る。

 繁華街から少し離れた住宅街のコンビニに、バイクに乗った若者たちが集まるようになったのは最近の事だ。

 夜間まで開いている店舗の明かりは、夜道を少し明るくしてくれた。しかしそんな明かりに集まる蛾は少々迷惑だった。


「ねぇ、おばあちゃん、チビちゃん起きちゃわないかな?」


 窓を閉めても聞こえてくる騒音に、半年ほど前に弟が生まれてお姉さんとしての自覚が出てきた小さな孫娘が不安そうな声を出す。


「そうね。あんまり煩いと起きちゃうかもねぇ。チビちゃんはミルクたくさん飲んで寝たばかりだから、起きたら可哀想だねぇ」


 やっと寝かしつけたのに直ぐに起こされては、孫もだけど母親の方もたまったものではないだろう。


 それにしても、マフラーを改造した爆音や若者たちの大声は、自分自身も怖いのだろうに。この子は弟の心配ができる優しい子だ。下の子はまだ一歳にもならない赤子だが、なかなか寝ない子で夜中に泣き出すことも多い。時折、疲れ切った母親に代わってあやしたりはするが、あまり表の騒ぎが続くと皆のストレスも貯まる。母親の不安を感じているのかもしれない。


 栞おばあちゃんは、ふんと鼻をならすと呟いた。


「まったく。バイクは楽器ではないというのにね」


 栞おばあちゃんの夫のオートバイはあんな耳障りな音では無かった。颯爽とした姿は今思い出して惚れ惚れする。結婚してからは乗る暇もないほど働いていたが、娘が育って結婚した頃に、かつての愛車を丁寧にメンテナンスして乗り出した。「年寄りの冷や水かな」と笑いながら乗る姿は少し照れながらも嬉しそうだった。

 栞おばあちゃんは思った。バイクは、もっと人を幸せにする乗り物だ。コンビニにたむろするあの子達のような扱い方ではバイクも可哀想という物だ。


 仏壇の夫の位牌に手を合わせ、小さくリンを鳴らす。


「ちょっと、あんたみたいな格好良さを教えてくるよ」


 孫娘の頭を優しく撫でてから、部屋に戻って着替えてからガレージに向かう。

 夫の愛車。KAWASAKIのH2。「ナナハンっていうんだよ」と自慢げに語っていた。あの頃の国内最大排気量を誇るじゃじゃ馬とも呼ばれた大型バイクも、夫の前では大人しかった。ハンドルを握る夫の、鍛え上げた分厚い背中を懐かしく思い出す。私ではあんなに悠々と取りまわす事はできないけれど、乗りこなして見せよう。


「そうね、あんたって男は、そういうじゃじゃ馬に好かれるタチだったのかもね」


 丸みを帯びたライトを指先で弾くと、ヘルメットを被り軽々と跨った。

 若い頃に免許は取った物のいつも後ろに乗せて貰っていた。年を取ってからは一緒にメンテナンスをして、一人になってからバッテリーがダメにならない程度に近所を軽く回る程度だった。

 でも、本当は。

 ヘルメットの中でニヤリと笑う。


「だって、わたしもね、じゃじゃ馬だったのよ」


エンジンが吠える。



「だりぃーよなぁ」

 特に意味のない言葉だ。

 なぜコンビニの前に集まっているのかだって、特に理由はない。

 だいたいみんな、家に居にくいとか、居心地が悪いとかで居場所を求めているのだ。

 少し上の人たちは夜中まで開いているゲームセンターで時間を潰していたらしいが、最近のゲームセンターはクレーンゲームならまだいい方で、下手すると男性立ち入り禁止のプリクラ機ばかりだったりする。

 居場所のない人間ばかりでも、人数が集まって居心地のいい集団を作ってしまえばそこが居場所になる。

 ここに居たくているわけではないのだが、他に行く場所が無いのだ。だから、お店の迷惑になっているらしい事は知っているけれど、どうしようもない。迷惑そうにこっちを見る店員にも、怖そうに遠回りして避けて通る通行人も我慢して欲しい。こっちだって我慢してんだから。


 車止めに腰かけて、少し湿気た煙草をふかす。

 初めて吸った時にはそのまま大きく吸い込んでしまったせいで盛大に噎せていたが、今は肺に入らないように煙を口に溜める事ができるようになったので上手く煙だけを吐ける。口の中が苦くなるので唾を吐く。


「なぁ、なんか面白れぇ事な……」


 面白いことないか、と今日だけで5回目になる意味のない会話を始めようとした時。下腹に響くような重低音と共に眩しいライトが俺たちを照らした。顔をあげて見上げてみると、スラリとした細身のラインをレザースーツで包んだ女が大型バイクにまたがっていた。 


「うお、かっけぇ」

「ハクいじゃねぇか」

「バイクもあれH2だろ」


 ざわざわと騒がしくなる若者たち。


「H2ってKAWASAKIのNinjaじゃねぇの?形違うぞ」

「バッカ、その前のだよ旧車だぞ」

「やべぇな」

「よぉ、お姉さん俺たちと遊びに行かない?」


 俺たちのちょっかいの声にいっさい動じる様子もなく、ライダーはフルフェイスのメットを脱ぐ。零れ落ちる銀色の髪。駐車場の照明を浴びて頭を振ると、そこにいたのは……


「ババアじゃねぇか!」

「おいおいおい」

「なんだよ綺麗な姉ちゃんかと期待しちゃったよ」


 がっかりした声をあげる若者たち。


「綺麗なお姉さんだろう、何が不満なんだいボウヤたち?」 

「お姉さんってのはもっと若いんだよ!」

「私が若くないとでも言いたそうだね。こっちはあんた等のママが生まれる前から女やってんだ、筋金入りのお姉さんだよ」

「大昔はお姉さんだったけど今は」

「今はなんだいボウヤ? 言ってごらん、それとね、女は70からだよ」


 大きな声で「バ」で始まる言葉をさえぎられる。


「……今は、かっこいいのは認めるけどよぉ」

「それだけわかってれば充分。あんたもそのうちいい男になるよ、吸うかい?」


 シガーケースから煙草を取り出すとやたらとデカい火柱をあげて火をつけた。

 銀色に輝くオイルライターを片手で扱う仕草は堂に入っており、少年たちは一瞬見惚れた。


「タバコ、吸うなとか言わねぇのかよ?」

「言ったって吸うだろ。ほら、火ぃつけな」


 一本貰うと、差し出されたライターで火をつける。だが、フィルターの無い煙草に戸惑っている様子。


「これ、両切りじゃねぇか」

「なんだい、若いうちから健康に気を使ってんのかい。お行儀がいいんだね」


 少年たちは、うまそうに煙草を吸う婆さんの姿を見て、100円ライターで碌に味もわからずに吸う自分たちのタバコがカッコ悪く思えた。


「ゴフェッ!なんだこれ、キッツ!」

「匂いが全然違うな、これ缶ピースって奴じゃないか?」

「そうだよ、ほら、そっちの子も吸いな? で、それ」


 初めて吸う強い銘柄の煙草を珍しがる若者たちに煙草を回すと、足元の吸い殻を顎で示す。


「吸うのは良いけどかたづけな」

「なんで指示されなきゃいけねぇんだよ」

「なんだいあんた、クソしたら拭かないのかい?あらあら、まだオシメが取れてなかったのねぇ」

「んなこと!」

「同じだよ。あんたの出したモン、誰が掃除してると思ってんだい。そこの店のバイトの子が朝早くに拾ってんだよ。アンタ、人に拭いて貰ってるんだよ。あかんぼだから。そうじゃないってんなら、明日から箒と塵取り持ってきな。自分の出したモンくらい始末するんだよ、ボウヤ?」


 子供扱いを通り越してあかちゃん扱いをされて顔が真っ赤になる。


「『なんなんだよ、恥かかせやがって』って言いたい顔してるね。恥かきたくなければカッコよくなればいいんだよ」

「そんなの……わかんねぇよ!」


 何をすればいいのか。何がしたいのか。わからない若者たちにデカいバイクを平然と扱うカッコいいババアは眩しかった。だから親にも先生にも聞けない言葉が溢れた。


「あれやるな、これやるなっていうのは良く言われるけどさ。じゃあどうすればいいんだよ。できない事ばっか並べられてもよぉ」

「甘ったれんじゃないよ。何でもいいからガムシャラになりな。ただ半端な事したり人様に迷惑かけるんじゃないよ。ほら、ここでチンタラしてるのも騒音で近所迷惑なんだ。カッコイイってのがどういう物か見せてやるから、タマついてるならケツ振りながら付いてきな!」


 ドッドッドッドと低いリズムを刻む大型バイク。


「大丈夫なのかよ、ほんとにそれ乗れんの?」

「ばばあについてこれないとか言わないだろうね」


 さんざんに挑発され、そのまま峠に向かった一同は、しっかり躾けられ、姐さん姐さんと呼んでお祖母ちゃんを慕うようになった。

次の日から本当に箒を持って現れ、ご町内の掃除をしては大きな声で挨拶する礼儀正しい集団になってしまえば、あっというまに近所のお年寄りから可愛がられ、そのまま迷惑行為は減っていったという。


 孫の教育に良かったのかどうかは、別の話。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしくかっこよかった!! [気になる点] これ、間に合わなかったのが本当に惜しまれます。 他の方も仰ってましたが、これがバチクソ杯に入っていたら私も投票したかもしれません。 [一言]…
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